人の住める限界地点で癒しを届ける「晴耕雨読」
東京育ちの店主が感じた寸又峡への危機感
国道362号線を北に向かって1時間とちょっと。山道でインディーポップを流し、窓を開けると初夏の風が心地いい。『リバー・ランズ・スルー・イット』で映し出されるモンタナ・ミズーラの町のように、だんだんと喧騒を離れていって深まる森のなか、大井川の支流のせせらぎが聞こえてくれば目的地が近づいてきた証拠です。
たどり着いたのは静岡県は川根本町の「寸又峡」。静岡県内でも中部の北側に位置し、近年は「オクシズ※」と呼ばれるエリアの町です。海あり山あり川ありで知られる静岡で、「川と山」を担当しているのがこのオクシズなわけですが、とくに川根本町は大井川をたたえる雄大な水源がある場所としても知られます。
さらに温泉地としても知られる同エリアには、ちょうどmitecoでも連載中の大井川鉄道によるSLの通年運転、アプト式鉄道が現存しているなど、観光の話題には事欠きません。まさに自然と共生した人々の生活が切れ目なく紡がれ続ける土地なんです。
※オクシズ:静岡県北部に広がる南アルプスや大井川源流域、安倍川源流地域を中心に広がる地域。奥大井や安倍奥、奥藁科、奥清水と4つのエリアに分けられる。参考:オクシズ公式ホームページ「オクシズとは?」
寸又峡温泉の入り口。
一方であらがえない社会の荒波に、もろにぶつかっているのがこの町の実情でもあります。2017年時点での人口は7,000人あまり。しかも、高齢化率は県下でも1,2を争う47%※。山間地にある同町は若者が流出し続け、ふたりにひとりが65歳以上の世帯となってしまっているのが現状です。
「川根本町は若者にとって魅力のない町なのか」。もしかしたら、住む場所として魅力を探すのはなかなか難しいのかもしれません・・・。
今回訪れたのは、そんなオクシズの雄大な自然のなかにたたずむ、あるお店に足を運びたかったから。2012年よりオープンし、若者にとってのオアシスとなりつつあるハンモックカフェと雑貨店「SHOP&CAFE晴耕雨読」、そして足湯カフェとゲストハウスを兼ねる「晴耕雨読ヴィレッジ※」です。
※県内の各市町村の高齢化率は静岡県「平成28年度静岡県高齢者福祉行政の基礎調査 高齢化率の公表」より出典。
※本記事では両店舗を総称して「晴耕雨読」と記載します。参照:「晴耕雨読」公式サイト
取材場所は「晴耕雨読ヴィレッジ」にて。
「晴耕雨読」の考える寸又峡温泉の魅力とは。ここにお店を開いた意図とは。そんな疑問を店主である馬場さんにお伺いすると、ゆったりとした笑みを浮かべながら楽し気に教えてくれました。
僕はここが地元の人間ではないんです
「晴耕雨読」の店主馬場泰寛(やすひろ)さん
寸又峡は、川根本町のなかでもさらに北側へ行った場所にあるエリア。これ以上先には自動車でも進むことができないという看板があり、晴耕雨読はそこから徒歩1,2分の立地に足湯カフェが、さかのぼること徒歩5分圏内にSHOP&CAFEがたたずんでいます。
文字通り「人が生活できる限界地点」となっている寸又峡という地で、馬場さんが店舗を開いたのは2012年のこと。どうしてこの場所だったのでしょうか。
山口 | まずは開店の経緯といいますか・・・。最近、静岡県でも「オクシズ」がフィーチャーされているようなこともありますが、こうした流れのなかで晴耕雨読さんってものすごくパワーを感じるんです。
個人的な感想なのかもしれませんが、率直に言ってやっぱりこうしたエリアにお店を新規で開店するってすごく大変なんじゃないかって。この原動力はどこからきているんでしょう? |
馬場 | おっしゃられたような背景(オクシズに焦点が当たっていること)が「まったく関係ない」とはもちろん言い切れないんですけど。僕自身がこの土地に惹かれたのがまず大きいですね。僕は、ここの出身ではないので・・・。 |
山口 | 驚きました。となると、川根本町、寸又峡に出会ったきっかけは・・・? |
馬場 | 私の妻が寸又峡の出身だったんです。これがなければここでお店を開くことも無かったんで、言ってしまえば、これがすべてですね。 |
山口 | 奥さんがそうだったんですね。 |
馬場 | そうです。僕は東京の出身なんですよ。彼女とは大学時代に出逢いました。とはいえ、卒業したあとはふたりともそのまま都内に就職したので、その時点で川根本町へという気持ちはなかったですね。 |
山口 | では、その芽生えというのは・・・? |
馬場 | 結婚を境にです。私は、結婚してもそのときの勤め先を退職することはありませんでしたが、妻は1度ここで辞めまして。で、私の実家でやっている煎餅屋を手伝ってもらっていたんです。 |
山口 | お煎餅屋さん! それで晴耕雨読でもあられを売っているんですね・・・! |
馬場さんのご実家での家業を活かして、この地でも煎餅を販売しています。この「石炭あられ」はここでしか買えないのだとか。
馬場 | それで当初再就職のつなぎみたいな感じで考えていた煎餅屋のお手伝いが、思いのほか面白かったみたいで、妻はそのまま続けることに。ちょうどそのころですね。寸又峡で「なにかやりたい」と思うようになったのは。 |
地元民が危機感を抱いた寸又峡の現状
晴耕雨読さんの2店舗のうち最初にオープンしたのがこのSHOP&CAFE。
馬場 | 寸又峡にあった妻の実家には、月に1度か2度、それなりのペースで帰省をしていたんです。妻はそれだけ郷土愛が強かったんでしょうね。東京へ出てきても、田舎の情景を忘れなかったんだと思います。 |
山口 | 定期的に寸又峡へ訪れていたんですね。馬場さんはそこでなにを感じたのでしょう? |
馬場 | ここ川根本町というのは、バブルのときをピークに宿泊施設やお店がどんどんと閉店していってしまっている。日に日にそれが進行していきますから、1990年代に入ってから訪れた私からしても寂しさを感じるわけです。彼女からしたらなおさらですよね。東京育ちの私もショッキングでしたから・・・。 |
山口 | 地方都市のなかでも、山間部にある市町村の高齢化するスピードはすごいですもんね・・・。ご高齢になった店主がお店を続けられなくなり、しかもその継ぎ手もいない。結果的にお店や宿はのれんを下ろさざるを得なくなってしまい、地域の活力はますます失われる・・・。 |
馬場 | そのとおりの状況で、しかも川根本町、とくに寸又峡はそれこそ温泉地として栄えた場所でしたから、とにかく顕著に感じられました。 |
山口 | でも、そんななかで馬場さん夫妻は「なんとかしよう」と・・・? |
馬場 | 背景はいま話したとおりで、直接のきっかけはやはり妻が「私の故郷をなんとかできないか」と言ったことでしたね。私も最初きたときから寸又峡にはすっかり魅了されていまして、「自分たちにできることがあるのであれば」と機会をうかがうことに決めました。
それでいまから10年くらい前。そろそろ具体的に動こうと考えて物件を探し始めたんです。そしたら、いまSHOP&CAFEをやっている建物の家主さんがちょうど売却を検討しているところで・・・。 |
山口 | タイミングがドンピシャですね。それで購入して・・・という流れですか。 |
2009年に購入をしたSHOP&CAFEの外観。もともとお店だったもののかなり手の込んだリノベーションをおこなっています。
馬場 | そうなんです。それが2009年のときです。やるからには自分のいまの仕事も辞めようって考えて・・・。 |
山口 | 馬場さん自身はそのころまではサラリーマンとして一般の会社に勤めていたんですよね・・・? それは大変なご決断だったのではないですか? |
馬場 | でしたね。物件の購入だって、もちろん貯金だけでその金額が出せたわけでもないので「腹をくくった」といってもいいような気持ちでした(笑)でも、さっきも言ったとおり「やるからには」でしたし。
そこからお店を開くまでは2年くらい間が空くんですけれども、この期間は実家の煎餅屋に入って煎餅職人の見習いを始めたり、ここに足を運んではどういう店舗にしようかと内装・サービスを考えたり、そんなふうに過ごしました。 |
ひとりでも多く、寸又峡を好きになってくれたら
山口 | こう聞いてしまうのは失礼なのかもしれませんが・・・。これまでの生活を辞めてまで晴耕雨読の立ち上げをしたというのは、率直に言って不安とかはなかったのかと気になってしまいます。 |
馬場 | それはもう、もちろん不安だらけでしたよ。だって、これまでお店を開いた経験なんてないですし、前職はリゾート不動産の営業に携わっていて知識は多少あったものだから、一層「これはやばいぞ」と(笑) |
山口 | でも、物件は実際に押さえているわけですもんね・・・。川根本町や寸又峡に対する魅力というか、ここでお店を開きたいという想いについては揺るがなかったんですかね。 |
馬場 | 実際に元気がなくなってきてしまっている現状も妻とふたりで見てきましたから。
私自身「こんないいところなのに、人が足を伸ばしてくれないのってなにが悪いんだろう?」って思いました。そのうえで、「ひとりでも多く、寸又峡を好きになってくれる方をつくるサポートをしたい」と考えたんです。 |
山口 | すごい! そういう方が寸又峡にいるというだけで、僕はなんだか嬉しいです。「なに目線だ」って話ですけど・・・。でも、実際かなりの観光スポットがあるし、空気も澄んでる。「こんなに素敵な場所」と静岡市からきた僕ですら感じますから、都心部から来た方の場合にはなおさらではないでしょうか。 |
馬場 | そのとおりだと思います。やっぱりそれがあったからこそ、妻の想いにも共感できたんだと思うんですよね。お店を開くのであればやりたいことややってみたいことは、考えれば考えるほどに出てきたんです。 |
こうして「晴耕雨読」というお店ができるまでをお伺いしていると、馬場さんがいかにこの寸又峡を大切に思っているのか、本当に第2の故郷として想いを寄せている場所なんだとひしひし感じます。なぜなら、彼が寸又峡について語るとき、まるで好きな異性の話をするかのようにほほがゆるむから。
後編では実際にお店を開いてみてから、紆余曲折を経たいままで。SHOP&CAFEだけでなく足湯カフェと宿泊施設も兼ねた「Village」をオープンする経緯も併せて、馬場さん夫婦が目指す「晴耕雨読」の意義や姿についてお伺いします。
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