静岡を襲う津波って実際どんなのがくるの?
地震対策日本一のしぞ~かで暮らす【#2】
先週からお届けしている「防災先進県しぞ~か」の取り組みを伝えるこの企画。
前回は、静岡県葵区にある静岡県防災センターで、そもそも東海地震・南海トラフ巨大地震はどんな地震なのか。そして、その地震に対して自治体はどのような取り組みをしているか、その成果について紹介してきました。
話の最後で、「自治体ではなく市民である個人がいったいどのような対策をしておくとよいのか」についてもお伺いしようとしたところで、担当の西井さんより
西井 |
津波。まだやってなかったですよね? |
と言われました。そうです。地震を知るのであれば、とりわけ大きな被害をもたらす津波についても知っておかなければなりません。
ここからは東海地震・南海トラフ巨大地震における津波の想定、そしてその対策のお話しです。
本題に入る前に・・・
2011年、忘れもしない3月11日。当時大学生だった僕は、浜松市のアパートにひとり暮らしをしていました。そして、そんななかで起きたのが東日本大震災と呼ばれることになる、未曾有の大災害。
春休みに部屋でのんびりと家事をしていた僕は、突然の揺れに体をこわばらせました。地震は少し長く続いたものの、揺れ自体はさほどではありません。のちに知ることですが、浜松市中区の震度は3から4程度。とはいっても、カタカタという小さい揺れやドンという大きな揺れは、いまでも印象に残っています。
でも、それ以上に記憶にこびりついたのが、このあと、1時間もするかしないかのうちに報道された映像。
津波でした。
逃げ惑う人のすぐ後ろには波が来ていて、波と一緒になって船や自動車、住宅が流されていく。そして、波が引いたあとにはそこにあったはずの家が、ビルが、車がすべてなくなってしまっているんです。自然が街を完全に破壊しつくしていました。
あの光景は、当事者ではない僕にとっても異常で、ひたすらに恐怖を感じるものでした。それはいまでも変わりません。
静岡県も35の市町のうち、21のエリアで海岸線を持つ県です。津波に対する知識はいくらあっても足りないほど。だからこそ、自分が住む街にはどのくらいの高さの津波がくるのか、その備えにはどのようなものがあるのかをきちんと知っておかなくちゃならないですよね。
さて、ここから西井さんとの話に戻ります。
そもそも津波ってどうやって起こるの?
前編に引き続き取材に応じてくれた静岡県防災センターの西井さん。
山口 |
それでは津波についてなんですが。まずはじめに、津波の起こる仕組みについてあらためて教えていただいてもよろしいでしょうか? |
西井 |
わかりました。まず、先ほど地震の起こる仕組みを説明しましたが、津波は90%以上が「プレート境界型地震」で発生していることを覚えてください。 |
山口 |
下に潜り込むプレートへ引きずり込まれたプレートが、歪みに耐え切れなくなって元に戻る際に起こる地震ですね。 |
西井 |
その通りです。静岡県で想定されている東海地震、南海トラフを震源域とする巨大地震の両方がこのタイプの地震ですから、基本的にはこれらの地震が発生すれば津波は起こるものということになります。
ですから地震が発生したら、沿岸部にお住まいの方は津波からの避難も考えていなければなりません。 |
山口 |
僕は実家が海に近い場所にあるので、小さいころから津波に関してはすごく敏感でしたね・・・。3.11のあとはとりわけ、電柱についている「海抜〇m」の表示が目に付くようになりました。 |
津波ってどれくらいの時間で襲ってくるの?
こちらは後ほど見せていただいた津波のメカニズムがわかる装置。左手の陸に見立てた部分がせりあがると津波が発生します。
山口 |
ところで気になるのが、その時間です。地震が起きてからすぐに高い場所へ避難しなければならないことはわかっているつもりなのですが、実際にどれくらいの猶予があるのでしょうか? |
西井 |
時間は影響開始時間と最大津波到達時間のふたつで表しています。津波によって海岸線から数えて、沖合30mの海面が普段よりも30cm高くなる時間を影響開始時間。そして、そのあと一番大きな津波が到達するのを最大津波到達時間と呼びます。 |
山口 |
なるほど。 |
西井 |
で、いずれももちろん地域によって差がありますが・・・。静岡市清水区で影響開始時間が地震発生から2分後、最大津波到達時間は16分と予想されています。浜松市では前者が4分、後者が22分ですね※。
※静岡県「津波浸水想定について(解説)」も参照。 |
山口 |
当然だと思うんですが、最大の津波の前にも津波は来てるんですよね・・・? |
西井 |
その通りですね。なので、揺れが収まったら一刻も早く安全な場所へ避難することが求められます。 |
山口 |
でも2分ですよね・・・。揺れ自体が2分近く続くと聞いたことがあるんですよね・・・。だめだ。絶望感しかでてこない・・・。 |
西井 |
そう悲観しないでください。影響開始時間については、海底の地形や防潮堤、住宅密集地等の状況にも影響されるので、一概な時間ではないです。そのうえ、影響開始時間を過ぎてもいまいる場所が、ただちに浸水するというわけじゃないんです。
覚えておくべきこととしては、「津波」と聞くと10mくらいの巨大な水の壁がいきなり襲ってくるようなイメージを持ちがちですが、そうではなくてだんだん浸水してくるということ。そして、10mの津波だからといって、浸水地域のすべてが10mの海水に水没するということではない、ということです。
この辺については後ほどまた説明しますね。 |
想定されている津波の高さってどれくらい?
山口 |
津波の仕組み、到達までにかかる時間についてお伺いしました。
次に気になるのが「高さ」です。何度も取り上げて申し訳ないのですが、東日本大震災の際には防潮堤をやすやすと超え、ビルの2階や3階部分にまで到達した地域があるという報道が行われていました。後日になってから、建物の上に漁船が乗ってしまっているような光景をテレビで見て戦慄しました。
東海地震や南海トラフ巨大地震での津波は、どの程度の高さが想定されているんでしょうか。 |
西井 |
そうですね。まずは正しい知識を身に着けるために、津波の「高さ」をどこから測るのかということを覚えましょう。 |
画像出典元:気象庁「津波について」
西井 |
津波の高さとは、「平常時の潮位に対して津波がどれくらい高くなったか」を表すものです。おおよそ、海抜〇mと同じような捉え方で問題ないでしょう。 |
山口 |
そうなんですね。てっきり、その地域でもっとも高い場所に到達した地点かと思ってました。 |
西井 |
そこがよく勘違いなさる方がいるところですから、注意してください。たとえば、津波が来襲して小高い丘をにぶつかると、その部分だけほかに比べてより高いところに痕跡が残りますよね? しかし、それは津波の高さとは表さず「遡上高(そじょうだか)」と呼ぶんです。
防災の上では、沿岸部でいかに食い止めるか、あるいはどの程度の高さまでに対処すべきかを考えるために高さを。また避難面では、地域ごとにどの深さまで津波が浸水してくるのかを表す「浸水域」、それが最大でどの程度の深さになるのかを指す「浸水深」を重視しています。 |
山口 |
なるほど。細かい解説ありがとうございます。それで、その津波の高さ。いったいどれくらいになるのでしょう? |
西井 |
それぞれの地震の規模に応じて変化するのが前提ですが、南海トラフ巨大地震(レベル2)を想定した場合、一番高いところで下田市狼煙崎の目の前が33mとなっています。ここ静岡市は駿河区の根古屋で12m、同じく政令指定都市の浜松市は15m(西区は14m)が予想されています。※上画像参照 |
山口 |
さ、33mですか・・・。ちょっと想像がつかない高さですね・・・。 |
西井 |
東日本大震災のときに大きな被害をもたらした岩手県陸前高田市や宮城県女川町は15m前後でした。一番高い津波が襲ったのが福島県の富岡町で、ここは20mを超したんです。 |
山口 |
とすれば、南海トラフ巨大地震が起きた場合、下田市には空前絶後の津波が襲うことに・・・。 |
津波に対する自治体の取り組み
こうして津波のやってくる時間、高さを知って絶望感しかない僕。しかし、静岡県もそういうところまで想定で来ているにもかかわらず、手をこまぬいて対策をしていないわけではないはずです。
山口 |
静岡県を襲うことが予想されている大地震では、津波がいかに脅威かがわかりました。県や市町村では、なにか対策をしているのでしょうか? |
西井 |
それはもちろんしてますよ。
たとえば、津波避難タワーです。このタワーは津波が襲来されるエリアの各地に建てられ、予想される最大の津波高にあわせてそれよりも高く、もちろん堅牢に作っています。いまはまだ、足りてないところもありますが、今後はより充実させていく予定です。 |
用宗(静岡市駿河区)にある津波避難タワー。無骨な造りですが高齢者でも登れるように、階段の高さが低めになっているといった配慮も。
西井 |
それ以外にも、防潮堤の強化や沼津市にある津波対策用の水門「びゅうお」といったさまざまな津波対策があります。特徴的なものでいえば、浜松市の沿岸部で進めている防潮堤の強化ですかね。 |
山口 |
浜松の防潮堤ですか。あそこは砂丘もありますし、対策も特殊なものになりそうです。 |
西井 |
そうなんです。地域の方にも愛され、さまざまな活用がされている砂丘の景観は壊さないことを目的に、防潮堤は砂丘よりも内陸部に幅50~60m、高さは13mのものを作っています。
これにより、これまで対策されてきたレベル1想定(東海地震クラス)の津波はもちろん、レベル2(南海トラフ巨大地震クラス)の津波が襲来しても一定の減災効果を期待しています。 |
県の発表する資料でも減災効果について数字で紹介しています。
西井 |
景観を損ねずに、というのは非常に大切で。たとえば伊豆は海水浴も含めた観光地として栄えていますから、露骨なコンクリートでの対策は地域住民からの反発を招きます。だから、自治体ではこうした「いまある価値」との共存をする形での対策を目指しているんです。 |
山口 |
浜松は共存をしたうえで減災を達成する素晴らしいモデルですね。このデータや対策を知って少し希望が出てきました・・・! |
津波がくる前に覚えておきたい避難方法とは
静岡県が発表している津波の地図データ。沿岸部に色がついていますが、これが津波の浸水するエリアです。
山口 |
自治体の対策。地震と同じく、大変な努力を長年続けてきた成果なんだと感じます。しかし、津波避難タワーも含めて、どこまでの人がどのように逃げるかは個人個人が知っておかなければなりません。沿岸部に住んでいる方を中心に、避難の方法について教えてください。 |
西井 |
それについては、まず津波がどれくらいのところまで押し寄せるのか、自分の住んでいる場所や働いている場所ではどの程度の深さに達するのかを知っておかなければなりません。 |
山口 |
それを知る手立てとしては・・・? |
西井 |
これは県で公開しているデータとなりますが、インターネットで閲覧が可能な「静岡県統合基盤地理情報システム(GIS)」というものがあります。これを使えば、避難にどれくらいの時間が必要なのかも含めて検討の材料にできます。 |
静岡県統合基盤地理情報システム、GISによる用宗漁港(静岡市駿河区)周辺のデータ。どのエリアに何mの浸水があるのかが一目瞭然です。
山口 |
これはレベル2※を想定されたものですよね? |
西井 |
そうです。レベル2のほうがレベル1に比べて高い津波が押し寄せることになりますから、避難に関してはこちらで対策を講じておくべきでしょう。 |
山口 |
そりゃ、実際に地震が起きたときに、「これはレベルどっちだ」って、すぐに個人が判断できませんものね。最悪の想定で動けるようにしておくべきということですね。 |
※レベル2:静岡県の防災対策では従来の東海地震を「レベル1」、それ以上の規模が予想される南海トラフ巨大地震を「レベル2」として想定を行っています(詳しくは前編をご参照ください)。
人は1mの高さの津波で・・・
こちらの地図は市町村が発表しているものです(画像は静岡市)。
浸水深(津波が入ってきてどれくらいの水深になっているか)だけでなく、近場の津波避難タワーや津波避難指定ビルも表示されています。
しかも、左側のボタンで津波が到達するまでの時間の目安なども確認可能。沿岸部に住む方は必見です。
西井 |
GISを使うと自分の住んでいる地域の情報がある程度わかります。それで次に、避難の方向や場所についてなんですが、これは市町村ごとに発表している地図データがあります。 |
山口 |
こちらであれば、住んでいる場所からどこに逃げればよいのかわかりますね。引っ越しの際には必ず一度は見ておくとよさそうです。 |
西井 |
また画面での確認だけでなく、実際に避難経路を歩いて到着までの時間を図るのもぜひ、やってみてください。こうすれば、浸水までの時間と見比べられますから。
また、その際に周りの建物に注目してほしいです。もし、避難が間に合わなそうだったら、あるいは指定の場所が離れていて遠いと感じたら、近くの建物へ逃げ込むのも選択肢です。 |
山口 |
そんな適当に逃げ込んじゃって大丈夫なんですか!? |
西井 |
いや、適当はまずいんですが・・・。
たとえば、あくまで一般論ですが、RC構造の建物であれば3m程度の浸水深であれば耐えられるというデータがあるんですね。1mであれば、木造家屋でも耐えられる可能性はある。
逆に外を歩いている人ですが・・・。これは山口さん、何mで死亡率が変わるかご存じですか? |
山口 |
うーん。どうでしょう。でも、泳ぐような状態では厳しいですよね。 |
西井 |
そうです。これはスマトラ島沖地震の津波でのデータですが、人は1mの浸水深で死亡率が100%になります。木造家屋の2階にいれば助かるかもしれない深さです。
だから自分の地域がどれくらいの深さになるのか、というのはすごく大切な情報なんです。でも、予測は外れるかもしれない。まずは「できる限り高い場所で、頑丈な建物を」です。 |
地震の備えは日常から、自分から
自治体から配布されている資料はこんなにたくさん・・・! まさに防災先進県しぞ~かならではの充実度です。
静岡県はいつかくるといわれている地震がまだ来ていない場所。
さまざまな大地震が日本を襲うなかで、静岡で起きるといわれている地震がどんなものなのか、そして、自治体はそれに対しどれほどの対策をしているのかをお伺いしたこの取材。
でも、まず大切なのはやっぱり一人ひとりが地震に対して関心を持ち、日ごろから対策をしていくこと、「自助」をすることだと西井さんはおっしゃいました。
山口 |
ながながとお話しいただきありがとうございました。僕は地震についてある程度、調べて知った気になっていました。でもこうして、聞いてみると知らないことばかり。あらためて、個人での対策を考え直してみようと思います。 |
西井 |
地震はいまある生活そのものを壊しかねない大きな災害です。自治体はその被害を最小限にすべく最大限の努力をしていきますが、一方で県民がみんなで防災への意識を持つこと、自助(自分で自分の身を助ける)と共助(地域住民との協力)が非常に大切です。
たとえばですが、兵庫南部地震(阪神淡路大震災)では、救助活動にあたったのは行政やレスキュー隊ではなく、近所の人や家族、「お隣さん」がみんなで助け合っていたんです。だから、地域の皆さんの防災意識、つまり共助への取り組みが高ければ高いほど、被害は小さくできます。 |
地震発生からすぐだと行政やレスキューの出動は難しいかもしれません。だからこそ、お隣さんが助け合うことが大切だと西井さんは言います。
西井 |
そのほかにも、「釜石の奇跡」と呼ばれる小中学生の活躍で津波被害を免れたという例もあります。 |
山口 |
それは聞いたことがあります。地元の小中学生が、地震発生からすぐに津波への警戒からより高い場所へと走り出したのを見て、地域住民がついていったというものですよね? |
西井 |
そうです。それによって他の地域に比べても、小中学生が極めて高い生存率を記録しました。意識を持つこと、取り組むこと。それで、救われる救える命が絶対に増えるんです。だから、ただ「恐い」と漠然と思うだけでなく、やれることをやったうえで恐れること、「正しく恐れる」が大切と私は考えています。 |
山口 |
貴重なお時間をありがとうございました! |
いざというときのために地震について知っておこう
2記事にわたって紹介してきた表やデータは、ほとんどが静岡県や各市町村が配布している資料に掲載されているものです。
もちろん、紹介した以外にもさまざまな知識・情報が詰まっています。非常時に必要なものや、家具の固定方法、避難時のチェックリストなど、あって困るものではありません。
これらは各自治体の役所や防災センターにて配布しています。
ぜひ一家に一そろい、いや、家族一人ひとりが持っていてもいいんです。
ぜひ、もらってください。
またインターネットからも、さまざまな地震に関する情報が公開されています。ただし、自治体や研究機関以外の情報は必ずしも正確だとは言い切れません。命にかかわることです。正しい情報を入手できるように努めてください。
下記はそんな自治体の情報が掲載されている場所。一度見ておくことをおすすめします!
あと、もちろん静岡県防災センターの施設も地震について知るためには重要なところです。今回はご紹介できませんでしたが、防災関連グッズから地震の起こる仕組み、想定される被害など、東海地震・南海トラフ巨大地震について一通りの勉強ができます。
また、家の耐震診断や家具の固定方法についても、地震の専門家であるインストラクターに直接指導をもらえるのも防災センターへ行くメリット。静岡県には耐震補強・家具の固定等の助成制度もあり、これについても同時に相談できます。
時間があるときには一度、訪れてみてください。