チケット代1,000円で音楽シーンに新風を
浜松「KIRCHHERR」が構想する能動的ライブハウス
浜松街中、レトロでクリエイティブなカルチャー発信地「KAGIYAビル」。
地下1階にあるライブハウス「KIRCHHERR(以下、キルヒヘア)」では、今夜もニッチなインディー系の音楽が響いています。
キルヒヘアといえば昨年12月、新オーナーに就任したSoushiさんのTwitter投稿が多くの反響を集めました。
――キルヒヘアプレゼンツのイベントは、全てチケット代1,000円にする。
静岡県のチケット代というと、高校生ライブの場合1,000〜1,500円、一般は2,000〜2,500円が相場です。
チケット代オール1,000円がいかに異例か……。
果たして、その真意と狙いとは? いま注目の話題を取材してきました!
新たな選択肢「今日はライブハウスに行って飲もう」
オオイシ |
さっそくですが、例のチケット1,000円の件で……。Twitterではかなり反響があったようですね。 |
Soushi |
ありましたね。オーナーになってすぐ1,000円イベントは実践していたのですが、続けようと決めた段階で投稿した感じです。 |
オオイシ |
リアクションはどうでしたか? |
Soushi |
嬉しいことに、「安いね」とさっそくライブに来てくれた人がいましたね。都市部のイベント企画者さんからは「こういうライブハウスがあるなら、地方でもいいからそこでやりたい」という声も。「……大丈夫か?」という声もありましたね(笑) |
オオイシ |
じつはわたしもTwitterの投稿を見て、驚きと同時にあまりの安さに心配になった人間です(笑)大丈夫そうですか? |
Soushi |
いまはちょっとキツいですがなんとかなると思います。今後お客さんが増えてくださるのに賭けているんです。
1,000円(ドリンク1杯付き)って、下手したらどっかのバーに行くより安いかもしれないっていう価格じゃないですか。
そのぶん生活により近い存在になれるんじゃないかなって思います。 |
オオイシ |
安いから気軽に立ち寄れる場所になるわけですね。 |
寛大なヨーロッパの音楽シーンを日本にも
オオイシ |
そもそも、チケット代を1,000円にしたきっかけはなんだったんですか? |
Soushi |
きっかけは、自分が所属するバンド「qujaku(クジャク)」で、ヨーロッパツアーに行ったことですね。 |
ヨーロッパ各国ツアーを展開するなど世界へ向けて活動する、静岡発4人組ダークサイケデリックバンド「qujaku(クジャク)」。
Soushi |
ヨーロッパのライブハウスのチケット代ってすごく安いんですよ。5ポンド(=約750円)とか、日本でいえば500円払うような感覚でした。
そのヨーロッパで見たものっていうのが、日本と比較するならば、足しげくライブハウスに通う層ではない人たちの普通の生活のなかにも、「週末はライブに行って音楽を聴く」という習慣があって。
日本でいう大衆向け音楽ではない、アート寄りな音楽が生活に根ざしている様子だったんですよね。こんな風に「普通の人が普通に遊びにいくところ=ライブハウス」になったらいいなと感じました。
それで自分がライブハウスのオーナーになったいま、実行している形です。カラオケに行く、映画を観に行く、と同じような感覚で、ライブハウスもその選択肢になったらいいですね。 |
オオイシ |
ヨーロッパの文化を日本にも取り入れようということですか。ライブハウスとしての新しいスタイルにもなりますよね。 |
Soushi |
チケット1,000円という試みを構想しているときに、「下北沢Three」※というライブハウスがすでにチケットフリーイベントを実践していることを知ったんです。
そうした前例があったことで、やってもいいんだという後押しにもなりましたね。きっとこの流れは広まるんじゃないかと思います、というか、なったらいいなと。 |
※下北沢Three:東京都世田谷区下北沢にある「ハウスライブ×クラブカルチャー」が融合した、低予算でローカルミュージックが楽しめるライブハウス。ゲストライターのロッキーはここで修行中。
オオイシ |
最先端の音楽シーンが東京、浜松……と来ているわけですね。ヨーロッパでのライブはどうでしたか? |
Soushi |
ヨーロッパの観客は、どんなジャンルの音楽に対しても受け身ではなく、むしろ積極的に音に乗ってきて、踊る。日本でもそんなライブがやりたいですね。どんなジャンルの音楽も楽しめる自由が、普通になれば。 |
Soushi |
ヨーロッパは音楽に限らず、美術館がほぼ無料だったり、すごく前衛的な芸術品がたくさんの人の目に触れる場所に展示されていたり、芸術や音楽、アートに関しての価値観が日本とまったく違いました。
入場料が安くなることは、音楽や芸術そのものの価値が下がるわけではないってことをちゃんと理解してもらいたいところです。
たとえば2〜3年前、「group A」という2人組女性アーティストが、日本からドイツに移住しました。ひとり10万円だけ持って。日本に居たときの彼女たちは、週5〜6でアルバイトをしながらアーティスト活動をして、なんとか生活していました。
でも、ドイツではアルバイトをしなくても、アーティスト活動だけで生活できるようになったんです。こうした事例はいくつも聞いてきました。
日本って、芸術に携わる人に対して厳しい国だと僕は思っていて。そんな状況に訴えかけていきたい、という気持ちも今回のチケット代1,000円の試みにありますね。 |
オオイシ |
たしかに日本は、アートで食べていけないアーティストがあまりに多いかもしれませんね。 |
Soushi |
僕自身、世界的に認められそうな音楽をやっていながらも、このまま音楽で生活できないなら……やってられない。
ヨーロッパに移住してしまえば、音楽で生活できると思いますけど、日本に生まれた日本人だし、現状日本に住んでいるので「なんとかしたい」と感じているんです。
ただ海外に移住しちゃったら、日本に帰りたくないなって感じると思います(笑) |
ライブ演奏がライフワークとして成り立つ音楽シーンへ
Soushi |
キルヒヘアには、今までもチケットのノルマ制はありませんでした。
一般的に集客の少ないアマチュアミュージシャンは、1組1万円前後をライブハウスに支払って「ライブをやらせてもらう」という感覚。もちろん、売れないミュージシャンに還元される額はごくわずかです。
そのような状況下で音楽は、どうしてもお金がかかる趣味になってしまいます。音楽をやることに長けている演者さんでも、「たくさん人を呼べない」という理由だけでステージでの演奏を行わない方向にもなり兼ねません。
この状況に対して「チケット代1,000円、ノルマ無し」といった試みは、長期的に見て今まで財布を痛めてライブをするしかなかった演者さんが、ライフワークとして音楽を続けていける。
上手くいけば、収支的にプラスの可能性を作っていく布石にもなる話だと言います。 |
オオイシ |
すごい。これって、ミュージシャン側としても希望のある話ですよね。 |
Soushi |
今後は企画者さんたちにも呼びかけて、1,000円イベントを増やすため働きかけていきたいと考えています。
また持ち込み企画自体にもハードルを下げて料金設定をするとか、どんどん仕掛けていこうと構想中です。 |
Soushi |
あとキルヒヘアには、ステージがないんですよね。演奏者と観客との距離が近いんです。この大きさだから自然に精神的な距離感も近くなる。
ヨーロッパでライブをしたときには、ライブ後にお客さんたちが「すげーよかったよ!」と話しかけてきたり、距離が近かった。演者、観客に上下なく同じ音楽が好きな人間同士、認め合っている……そんな景色がここでもっと見られたらいいですね。 |
受動的な箱から能動的なライブハウスへ
キルヒヘアのTwitterアカウントで、1組約45秒のライブ動画投稿が見られるようになりました。
まだ数は少ないもののバンド系はyoutubeで、DJ系はTwtichでの生配信/アーカイブ化も開始しています。
これは「ライブハウスが発信する側になる」という新たな試み。
— KIRCHHERR(キルヒヘア) (@KIRCHHERR_B1F) 2018年2月23日
ライブ投稿の一例「鈴@2/23KIRCHHERR」
Soushi |
現段階は試験的なものですが、音と映像のクオリティを高めてやっていきたい。
「ライブハウスで鳴っている音楽は、ライブハウスに足を運んだ人にしか体験できないもの」という枠を出て、この場所を知らない人たちにも浜松でこういう音楽が鳴っている、ということをまずは「見て」もらいたいと考えています。 |
オオイシ |
本の立ち読み、みたいな感じですね。 |
Soushi |
そうですね。お店がYoutuberみたいになっちゃってもいいかなって。課題はありますが、アーティスト側に還元できる仕組みをつくれたらそれはそれで確立していけるかと思っています。
ライブハウスはただの箱なので、放っておけば受動的になるもの。メインは演奏者とお客さん。でも、もう1歩、ライブハウスとして突っ込めるんじゃないかなって。
今までのシーンをちゃんと守りつつ、ネットなどの現代のツールも併用してこんな音楽が あるよ、こんなジャンルがあるよってライブハウス側から提示して、お客さんはそのなかから 自由に選ぶ。それが自然とできるような音楽シーンになれば。
まずはチケット1,000円、安いですよ。気軽に足を運んでもらえたら嬉しいです。 |
キルヒヘアの試みには期待が高まるばかりです!