川根のローカルフードなら老舗食堂「あけぼの」
感動に出会う大井川鐵道沿線の旅【12話目】
そういえば、大井川鐵道沿線のローカルフードってなにかないのだろうか?
と筆者、思いだしたように調べてみました。これまで連載してきたなかで、川根もお茶だけではないことを知りましたが、料理そのものとなると、まだ出会えていない……。
そこで今回訪れたのは、大井川鐵道田野口駅より徒歩20分ほどのところにある1軒。
スタッフのみなさん。右端が3代目の榊原広之さん。
雄大な大井川の流れに沿ってたたずむ「和彩食堂あけぼの」。昭和20年代創業の老舗で、食堂としての営業を始めたのが昭和33年。現在は創作料理店として、川根ならではの味を楽しめるとのことで伺いました。
「川根大根らぁめん」とは!?
さっそくですが、このたび紹介したい1品を、店主の榊原さんに用意してもらいました。
限定15食「あけぼの膳(税込1,380円)」。
おお。彩り鮮やかな日本料理……と思いきや、一風変わった具材の入った丼があります。なんだこれ。
榊原 |
当店名物の「川根大根らぁめん」です。 |
Takashi |
大根でかい……。川根の地名を冠していますが、なにか由来があるのですか? |
榊原 |
川根では昔からお盆や正月など人の集まる席で、大根と日本そばを合わせた「大根そば」がよく振舞われていたんですよ。
それならラーメンにも合うだろうと思い、私なりにアレンジしてみました。大根は秘伝の川根茶味噌を使ったおでんのスープで、じっくり煮込んでいます。 |
川根茶味噌おでんのスープで煮込んだ長さ10cmほどの大根が2本。しっかり味付けされているからか、ラーメンのスープとのバランスがよく旨み、食感ともに絶妙のあんばいです。
ラーメンのスープは鶏ガラで6時間かけてダシをとり、醤油ダレに干しエビ、煮干し、カツオ節、昆布などの魚介類をふんだんに使用しているとのこと。うーむ、手がこんでいる。
あけぼの膳の1品「やまと芋のとろろごはん」。
榊原 |
とろろごはんも川根の郷土料理で、いまでも何件か食べられるお店がありますよ。当店では夏季は千葉県産のやまと芋、冬季は地元で栽培された自然薯を使っています。すごくこだわって生産されている自然薯でして、静岡60号の種を買ってそこから育てているんです。 |
Takashi |
自然薯のとろろ、たしかにいままで取材させていただいたお店さまのなかでも、提供されているところがありました。じつは川根名物だったのですね。 |
あけぼの膳の1品「川根茶しゅうまい」。
このほか白身魚のすり身に川根茶のペーストを練り込んだ「川根茶しゅうまい」、さつまいもを使ったヘルシースイーツ「濃厚さつまプリン」まで付くあけぼの膳は、まさに郷土を感じさせてくれる創作料理。大変おいしくいただきました。
常連客が気づかせてくれた「あけぼのらしさ」
あけぼのでは先述の川根茶味噌で味わうおでんやとろろ汁定食、ほかに魚介料理など多種多彩な創作料理を提供しています。
酒類も各種とりそろえており、酒のアテになる1品料理も豊富。席数も多く、昼と夜ではまた違った使い方ができます。
Takashi |
昭和20年代から続く老舗ということですが、いまの店舗になったのは最近でしたよね。 |
榊原 |
私で3代目になるんですが、始めは地元に愛される小さな大衆食堂といった感じで。昭和57(1982)年、2代目の時に1度移転しており、現店舗になったのが平成26(2014)年、私の代になってからです。所在地自体はそんなに離れていません。 |
大衆食堂として開店した当時の店舗の写真。三輪の自動車が時代を感じさせる。
Takashi |
2度目のリニューアルにはどのような経緯があったのでしょうか? 以前と比べてモダンな雰囲気になりましたよね。 |
榊原 |
移転に関しては単純に土地の事情からでしたが、川根そのものを盛り上げたい気持ちもあり、観光に目を向けつつ、変えるべき点は新しくしていこうと思っていました。
私自身は銀座で日本料理に励んできましたから、もっとプロ思考で、格式の高い接客で、もっと現代的にしたいな、と……。妥協が許されず競争の激しい日本料理の世界で、その感覚が染みついていたんです。 |
Takashi |
こういう言い方は失礼かもしれないのですが、本日試食をさせていただいて実際に料理へのこだわりを強く感じたとともに、いわゆる“大衆食堂”のそれ、っぽくはないという気がしていました。 |
店内にならぶレトロなマッチ箱。榊原さんが趣味で収集している。
Takashi |
それでいてお店の雰囲気はとても家庭的で、今日お店に入った時もおばちゃんたちの威勢のいい「いらっしゃい」の声とか、みなさんで集合写真を撮らせていただいたときの笑顔とか、とても温かい感じがしたんです。これこそ昔ながらの食堂かな、と。 |
榊原 |
そういう部分も含めて、当初は変えようとしてしまっていましたね。でもいろいろ試行錯誤しているときに、昔からの常連の方が「いまのお店、なんか違うんじゃない?」って言ってくれて。
お客さんが望んでいる「あけぼのらしさ」が失われてしまっていたんですね。リニューアルしてから丸3年たちましたが、ようやく自分が目指すべき形が見えてきたところです。 |
地産の食材にこだわったオリジナルの手作り料理を提供するあけぼのは、川根の外から来る人にとって大変ありがたい食事処。そのうえで、「いままで支えてくれた地元客に目を向けてみた」、その答えがいまのあけぼのなのです。
アットホームな雰囲気のなか、川根ならではの本格料理を気軽に味わえる食堂。筆者、はじめての訪問ですっかりファンになってしまいました。
また、あけぼののホームページでは「川根観光ガイド」というページがあり、川根の魅力あるスポット、なかには「cafeひぐらし※」のような飲食店まで(!)紹介しています。
飲食店がほかの飲食店を紹介するなんて太っ腹というか……。榊原さんの川根に対する愛着が感じられました。名実ともに地域に根づく老舗食堂。その雰囲気と味覚をぜひ楽しんでください。
※Cafeひぐらし:川根温泉笹間渡駅にあるカフェ。miteco掲載歴あり。