人の住める限界地点に根差す小さな芽吹き
「ちょっとひと休み」を届ける晴耕雨読の想い
静岡県の中部と西部を分ける地点、川根本町は寸又峡にある「晴耕雨読」。これ以上は奥に進むことができない地点にあるエリアで、2012年に開店した知る人ぞ知るお店です。
店主の馬場さんは、もともとは東京で生まれ育った生粋の都会人。寸又峡出身の奥さんに連れ立ってこの地を訪れたとき、その自然の雄大さに魅了されました。だからこそ寂しくなっていく温泉街に少しでも活気をと思い立ち、「SHOP&CAFE晴耕雨読」をオープンします。
馬場さんが寸又峡と出会い、ここにお店を構えることを考えた経緯は前編でご紹介しました。
ここからは、「晴耕雨読」の決して順風満帆とはいかなかったスタート。多くの方がここを目指して寸又峡に来るようになったいま。そして、これからについてお伺いしていきます。
「SHOP&CAFE 晴耕雨読」オープンからちょっと経って
古民家をリノベーションして、雑貨屋さんとハンモックカフェが併設された「SHOP&CAFE晴耕雨読」。いま訪れてみると、「若者に刺さる場所」として県内でも真っ先に挙げる方が多いのも納得ですが、開店当初はそうでもなかったと言います。
山口 | 「開店にあたって不安で仕方なかった」というお話でしたが、こちら(取材場所である「晴耕雨読 Village」)も「SHOP&CAFE」も、ものすごくオシャレです。訪れたときから「あー、もうここに居座りたい!」って感じるほど。 |
馬場 | ありがとうございます(笑)いまでこそ、そういってくださる若い方も増えたのですが、最初のころはいちべつもくれないような方もたくさんいましたね。 |
山口 | それはちょっと驚きです。2012年でも古民家をリノベーションしたカフェは話題になっていたので。 |
馬場 | 私も古民家カフェがちょっとしたブームになっていることは知ってましたし、デザイン面もかなりこだわりを持って作ったんですが・・・。さきほども話しましたとおり、不安だったオープンがさらに不安になったというか、かなり精神的にきつかったですね。 |
山口 | こういうお店はまだ寸又峡にもなかったでしょうし、目新しさから若い人は惹きつけられると思うんですけど・・・。 |
SHOP&CAFE晴耕雨読のカフェスペースにある一室。プライベート感もバッチリ
馬場 | 山口さんがおっしゃるとおり、若い方であれば目を留めるようなケースもあったんですよ。 |
山口 | ということは若い方がそもそも少なかったんですかね。 |
馬場 | そうなんです。寸又峡を訪れる方の数を調べているわけではないので細かくはわかりませんが、若い方が訪ねてくることはいまほど多くなかったように思いますね。 |
ちょっとした工夫でよみがえる「面白さ」
「古民家×ハンモック」という斬新な空間の広がるハンモックカフェ。
山口 | でも、そうしたなかでお店を続けていくだけでなく、複数の店舗を開くようになりますよね? まずSHOP&CAFEですが、併設されるハンモックカフェは同時にオープンしたんですか? |
馬場 | いえ、SHOP&CAFEは2011年にプレオープン(正式なオープンは2012年)。ハンモックカフェはいろいろと準備をして2013年からいまと同じ「土日祝日のみ」での営業ですね。ハンモックカフェの建物も所有はしていたのですが、お店として使ってはいなかったんです。 |
山口 | もともとはどんな建物だったんですか? |
馬場 | あの建物は納戸のように利用されていたところなんですよ。
だから、そこをすぐにお店へというのはなかなかアイデアがなかったんです。でも、ちょっと見上げてみると天井の梁なんかかなり立派じゃないですか。それに気づいたときから「あ、これはあれだ。ハンモック吊ろう」と(笑) |
山口 | 「古いものと新しいもの」の共存というか、これがすごく落ち着くんです。だから、「これってどうやってできたんだろ」って気になっていたんですが、まさかの梁がスタートだったとは。 |
馬場 | もう立派な梁イコール、ハンモックでした。 |
山口 | ハンモックカフェって、いまでこそ県内にもいくつもオープンしてますが、当時ってどうだったんだろう・・・。開いてみてどうでした? |
馬場 | 東京ではすでにジワジワきていましたし面白いかな、と思っていたのですが、やはりこれはさっきも言ったとおり「最初からうまくいっていたわけではなかったな」というのがいまの感想ですね。 |
ここの景色を絶対に活かしたかった「足湯カフェ」の発想
こうして続けざまに2店舗の展開をした「晴耕雨読」。その2年後、いよいよ足湯カフェとゲストハウスを兼ねる「晴耕雨読Village」がオープンします。当初はうまくいっていなかったと振り返るなかで、どうして新しい店舗を開こうと考えたのでしょうか。
山口 | そして、いよいよヴィレッジです。こちらの開店はいつごろでしょう? |
馬場 | 2015年ですね。じつは、こちらも土地自体は縁があって所有はしていたんです。 |
山口 | そうだったんですね。ある程度軌道に乗ったというか、当初の不安は拭えていたんでしょうか? |
馬場 | ちょっとずつ晴耕雨読を目当てに来てくれる方が増えたり、さっきも話したような寸又峡の注目度があがったりしていく途中でした。でも、だからといって余裕があったかといえば全然(笑)ここの立ち上げだって、金融機関さんが助けてくれなかったら実現は難しかったです。 |
山口 | そうだったんですね・・・。でも、そんななかで温泉を引いて宿泊施設まで。 |
馬場 | もともと、ここでなにやるかをちょっと考えたときに、この眺めは絶対に活かしたいと。とてつもないよさがあるじゃないですか。だからこの景色を眺めながら、やっぱりのんびりとしてもらおうと思ったんです。で、寸又峡といえば、温泉ですから「じゃあ、足湯でどうか」という発想になりました。 |
足湯はもちろん寸又峡温泉をひいています。湯ノ花が浮かぶのも素敵。
山口 | しかも泊まれる。静かな夜も満喫できるのは、ここならではの魅力だと思います。 |
馬場 | それがですね。じつは泊まれる、っていうのはそこまで考えてなかった。これは寸又峡のローカルルールなんですけど、「温泉を引くなら、宿泊設備がなければならない」というのがあったんです。そこで、どうせなら貸し切り温泉も込みで、若い方向けに日帰り入浴もできるような施設にしようという発想になりました。
寸又峡にはそういう気軽に寄れる温泉とか、子どもやカップルで一緒に楽しめるような貸し切り温泉がなかったんですね。だから「ものは試し」とやってみて。 |
晴耕雨読Villageの温泉は、貸し切りで45分利用可能。
山口 | 始められて2年ほど経ちますが、反応としてはどうでしょう? |
馬場 | おかげさまで、繁忙期になれば必ずと言っていいほど満室になりまして。これは来てくれたお客さんが気に入ってくれて、何度も来てくれるケースはもちろん、ほかの方におすすめしてお友達が来てくれているから。
というのも、私たちはじつは旅行サイトや旅行会社のパンフレットには積極的に載せることをやっていないんです。なので、自分たちのサイトでしか予約を受け付けておらず、自力で見つけなくてはならないんですが・・・。 |
山口 | ええ!? すみません。旅行サイトにも載せていないというのにびっくりしてしまいました。 |
馬場 | なにしろ2部屋しかないですから(笑)それでも来てくださる方がたくさんいるのは、本当にありがたいことです。 |
寸又峡でのんびりしなくてなにするんだ
山口 | 晴耕雨読さんはインターネットでいろいろな人が「おすすめの場所!寸又峡と晴耕雨読」という発信をしてらっしゃいますよね。 |
馬場 | そうそう。それがすごく嬉しいです。こういうお店をやっていると、いかに若い人に届けるかっていうのが大切なのに難しくて・・・。東京だったら、「なんとなく覚えて」みたいのはありますけど、ここにそれはないので。
ただ、ラッキーだった部分もたくさんあります。たとえば、つり橋(夢のつり橋)や寸又峡がフィーチャーされたり、大井川鐡道でトーマスが走り出したり・・・。時代に後押しされたというか、そういう注目が集まるなかで「晴耕雨読も」と言ってくださって。 |
山口 | でも落ち着きますもん。もう、店内に入った瞬間に思いました。「山道を走ってきた甲斐があったなあ」って(笑) |
馬場 | 「のんびりできるところ」をテーマにお店を作ろうとずっと意識はしていたんです。だって、寸又峡って山口さんが言ったとおり、山道を通ってしか来ることができないじゃないですか。これ、若い人ならなおさらだと思うんですけど、ちょっとした冒険ですよ。
そこでたどり着いた寸又峡で、のんびりしなかったらなにするんだと(笑)だから「落ち着く」ってのはものすごく嬉しいですね。 |
足湯カフェでは景色を観ながらのんびりと軽食が食べられます。馬場さんがどうしてここにオープンしたのかよくわかる絶景です。
山口 | たしかに秘境というか・・・ここまできて、なにするかといえば「のんびりと羽を伸ばしたい」というのは絶対ですね。足湯カフェで景色見ながらホットドッグなんて、もう最高です。 |
馬場 | ありがとうございます。ほかにもたとえば、ハンモックカフェって回転率で考えるともうめちゃくちゃ悪いじゃないですか。 |
山口 | たしかに・・・。ゆったり揺られていると寝てしまいそうです。 |
馬場 | でしょう(笑)実際にいるんですよ。ハンモックで寝ちゃう人。でも、「山道を走ってきてお疲れでしょう。大丈夫、もう閉店まで寝てたっていいですよ」って。 |
山口 | ・・・でもそれって、開店した当時の「不安」みたいのとぶつかっちゃう考えですよね。 |
馬場 | だからこそですよね。こういう場所だと、お客様が大挙して押し寄せるわけでもないですから、とにかく目の前の方に満足してもらおうという気持ちがより強いです。なので、その結果としてSNSなんかで評判をいただいたりとか、実際にその情報で知ってきてくださったりする方がいるというのはとてもうれしいですね。
それに、気づいた方がいるから続けなければ、という想いもあります。自分がこの場所に魅力を感じていたことって間違ってなかったんだな、と。だから、そういう方に対して「寸又峡はいいところだ」って思ってもらえるようなお店にしたいですね。 |
ちなみに、「晴耕雨読Village」といえば、こちらのチーズケーキもお馴染みのグルメ。もちろん、足湯につかりながらのんびり食べることもできますが、テイクアウトもOKです。包みを少しずつ開きながらハイキング中に食べ歩きもできるというコンセプトで人気を集めています。
馬場さんは、ちょっとした「ご当地グルメ」を作りたくて開発したとのこと。いつかは、「寸又峡いったらチーズケーキ食べなきゃ」と思ってもらいたい、と野望を持っているんだとか。
この奥に行けないんですよ。ここが限界地点なんです。
山口 | ここまでたくさんのお話をいただきありがとうございました。話していて、とにかく馬場さんが寸又峡のことが好きで、その魅力を発信しながらそれと共存していきたいというのをすごく強く感じました。
でも、こういうローカルなところで地域のために奮闘している方・・・もともとは都会にいて、地元の寂しくなっていくことに気づいた方が一念発起して地元へU・Iターンをしてくるようなイメージがあります。どうしてそこまで寸又峡に魅了されたのか、その魅力について教えていただけませんか? |
馬場 | そうですね、たしかに私よりも妻のような方が多いかもしれません。ですが、寸又峡が好きな気持ちはやっぱりとても強いです。どうしてか・・・。うーん。
ここって、「これ以上、奥へ進むことができない限界地点」なんですよ。だから、もちろん人だって住んでいますが自然の配分が大きいんですね。開発もビルが建つわけじゃないですし、そういう意味で東京と真逆。そのギャップというか・・・理屈抜きに「ここはきれいなところだ」と思えたんです。 |
寸又峡のハイキングコースからの眺め。真ん中の川にかかっている橋が「夢のつり橋」
馬場 | ただ、これだけであれば必ずしも寸又峡のみ、というわけじゃないですが、ここってそういう場所でありながら、SLがあってつり橋があって温泉もある。人の営みに求められたスポットが、まだこんなにもきれいな形で残っているところでもあるんです。
これはやっぱりこれまで寸又峡に住んでいた方たちが残し続けたものでもあって、そしてそれが自然とマッチしているじゃないですか? |
山口 | つり橋のダム湖なんかはそうですね。南アルプスあぷとラインの「奥大井湖上駅」というのも絶景スポットとして注目を集めています。たしかにこのエリアにある魅力っていま求められているものかも、ってそう感じます。 |
馬場 | そうなんです。つり橋の湖だって、本当に毎日湖面の色が変わるんですよ。そういう機微みたいなものをとらえられる豊かさというか・・・なんというか生き急いでいる人にはここでちょっと休んでいってほしいんです。だから、これがもっと広まっていけば嬉しいですし・・・そのなかに「晴耕雨読」という名前も入れば、それが一番です(笑) |
山口 | SL、つり橋、晴耕雨読さん。 |
馬場 | そうそう(笑)行列を目指したいわけじゃないんですけど、寸又峡にきたらここへ寄ろうと考えてくれる方が増やせるかどうかは、まさに私たちが考えるべきことですし、たくさんのサポートをいただいているので、その目標は必ずクリアしたいですね。 |
ローカルビジネスを考えるときに大切なことは、「いまだけ・ここだけ・あなただけ」であるという話があります。寸又峡はまさにこれを満たす場所なのだと、馬場さんはおっしゃいました。でも、僕は「晴耕雨読」という場所があるからこそ成り立っている。若者に対して惹きつけるものをプラスアルファしているんじゃないかと強く感じます。
「晴耕雨読」という言葉は、もともとは勤勉さを表すものでもあります。でも、ここのお店に入ればこの店名はむしろ「悠悠自適な場所で思うように足を伸ばそう」という意味だと気づかされます。
普段の生活で息が詰まったり、人混みのなかで歩くことに気だるさを感じたりしたのなら、川根本町寸又峡、人が住める限界地点でゆっくり自然と触れ合いながら、ちょっと違う時の流れを感じてみませんか? ここにはあなただけが体験できる癒しが待っているかもしれません。なぜならこんなに素敵なお店があるのだから。