静岡が舞台の小説『イニシエーション・ラブ』
作中に漂う空気から感じる「静岡っぽさ」
みなさんは小説『イニシエーション・ラブ』を読んだことがありますか?
2015年には松田翔太さんと前田敦子さん主演で映画化されているので、「映画は観た」という方や、「タイトルだけは聞いたことがある」という方も多いかもしれません。
じつは、この小説『イニシエーション・ラブ』の舞台は1980年代の静岡です。
静岡県富士市出身、滋賀県在住のわたしが読むと、「静岡っぽい!」と感じる描写がたくさん出てきます。
作者の乾くるみさん(ちなみに男性です)も静岡県静岡市出身とあって、静岡人が読んでも不自然さを感じません。
この記事では『イニシエーション・ラブ』に見られる「静岡っぽさ」をご紹介します。映画でも登場した風景とともに紹介しますので、観たことがある方はその情景が思い浮かぶかもしれません。
結末のネタバレはありませんので、未読の方もどうぞご覧ください。
※本文中の引用は文春文庫版『イニシエーション・ラブ』のページを示しています。
登場人物の名字
劇中に何度も登場する常盤公園の噴水広場。印象的な噴水ショーはいつでも見られるデートスポットです。
冒頭から「静岡っぽい!」と引き込まれる文章があります。
「望月がその晩、四人目として誰を呼ぶ予定だったのか知らないが」
(8ページ)
この「望月」の2文字!
富士市では1学年に2人以上は確実にいた名字です。しかし、関西で望月さんに出会ったことはありません。
物語は4対4の合コンシーンから始まります。
参加者は、望月、大石、北原、鈴木、松本、成岡、青島、渡辺の8名。半分以上は同じ名字の同級生が思い浮かぶのではないでしょうか?
ちなみに、『イニシエーション・ラブ』の主人公は鈴木くんです。鈴木というのも静岡県に多い名字でしょう。
主人が通っていた兵庫県の高校では、200人中1人もいなかったそうです。
静岡で生まれ育った者としては信じられませんよね。
登場人物の言葉づかい
わかりやすい静岡弁ではないものの、静岡っぽい言い回しが多数出てきます。
「でさー」「だったらさー」
(26ページ)
やたら「さー」が付く人、いますよね。
「早く来すぎちゃったもんで」「思ってなかったもんで」
(52ページ)
「もんで」「だもんで」は静岡弁の定番です。
「九月十五日だから……敬老の日? だっけっか?」
(78ページ)
「っけ」もよく使いますね。9月15日が敬老の日というのは、時代を感じるひと言でもあります。
「青島さんちの車に乗ったほうが良かったか?」
(85ページ)
人名に「ち」がつくのも静岡っぽい言い回しです。
「たぶん大丈夫ら」
(154ページ)
鉄板の「~ら」ですが、ここはちょっと疑義があります。一般的には「大丈夫だら」ですよね。
「俺に怒ったってしょんねーだろ」
(207ページ)
静岡ローカル番組「しょんないTV」でおなじみ「しょんない」の変化形です。
静岡の夏といえば?
主人公含む合コンメンバーは、後日静波海岸に遊びに行きます。この「静波海岸」を静岡っぽい、と思うのはまだ甘い!
夏だからといって、海に行くこと自体がもはや静岡っぽいのです。
わたしが海のない滋賀県に住んでいるため、余計にそう思うのでしょう。琵琶湖にも水泳場はあるのですが、「海!」という感じではありません。
静岡市ならでは「川向こう」
「陽が落ちる前には無事に安倍川のこちら側に戻ってきた」
「彼女の実家は市内には市内だが、川向こうの丸子にあり、」
(43ページ)(57ページ)
安倍川を挟んで「こちら側」とか「川向こう」とかいうのは静岡市民っぽいですね。わたしは富士市出身で、この地方では川=富士川です。
他県でも大きな川のある地域では同じように区別するのかもしれませんが、静岡では地方に大きな川が何本も流れているので、自然な表現として多用されます。
映画の最初のシーンで映し出された安倍川と市街地、富士山を臨む風景。この写真は「川向こう」から撮影しています。
静岡の地名
「とろろじる」で有名な丁子屋さんの隣に立っているモニュメント、東海道五十三次で描かれた「丸子(まりこ)宿」です。
静岡市近郊出身者なら、先ほど紹介した「川向こうの丸子」をすんなり「まりこ」と読めることでしょう。ほかにも静岡市の地名がたくさん出てきます。
一番町(14ページ)、曲金、小鹿(24ページ)、カネボウ通り(29ページ)、青葉公園(51ページ)、柚木(68ページ)、国吉田(79ページ)などなど。
富士市出身のわたしがピンとくる地名をいくつか挙げただけですが、静岡市に詳しい人ならもっと身近な地名が出てくるかもしれません。
「谷島屋書店」(58ページ)、「伊勢丹デパート」(181ページ)のようなお店の名前も出てきて、イメージが湧きやすくなっています。
静岡駅付近にはPARCOなどのデパートがずらり。でも80年代当時はまだありませんでした。
静岡県民にはぜひ読んでほしい!
劇中で鈴木君が原付で疾走をする御幸通り。静岡市内でも駅から北に向かう主要道路で、交通量も多いです。
これから『イニシエーション・ラブ』を読む人に伝えたいのは、「最初から最後まで根気強く読んで!」ということです。
ラストのどんでん返しに対する衝撃は、はじめて読んだときしか味わえません。わたしは中盤でちょっと退屈だと感じましたが、最後にはがんばって読んだ甲斐があったと思いました。
まだ読んでいない人がうらやましいぐらいです。
作中にはここで挙げたような静岡の人なら場所や人がすぐに思い浮かぶような表現も多いので、地元民ならではの楽しみ方ができるはず。静岡に縁のある方は、一度読んでみてはいかがでしょうか?