たった6時間で500万達成の刀剣修復CF
久能山東照宮×『刀剣乱舞』異色タッグの裏側

  • posted.2018/01/29
  • 山口拓巳
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たった6時間で500万達成の刀剣修復CF 久能山東照宮×『刀剣乱舞』異色タッグの裏側

昨年2017年の12月5日、あるニュースが大きな話題となりました。

久能山東照宮がクラウドファンディング(CF)で刀剣の修復をするプロジェクトを立ち上げた!

しかも、リターンは大人気ゲーム『刀剣乱舞』のグッズらしいぞ

このあまりにも結び付かないふたつの言葉がTwitterや5chに飛び交ったんです。

クラウドファンディングの大手でPARCOが運営している「BOOSTER(ブースター)」での呼びかけ。実際に見てみると、たしかに刀剣修復のために資金を募っています(CFページはこちら)。

『刀剣乱舞』は刀剣修復と刀剣に関するゲームだから、わからないでもないけど・・・。なんて、話題になったのを僕、山口は傍目で見ていたんです。すると、その日の夜に「目標金額を達成したらしい!」との情報が・・・!

えええ、早すぎない!?

kunouzancf_01引用元:刀剣乱舞攻略速報【とうらぶ】|久能山東照宮のクラウドファンディング、約48時間で1000万達成で本当に必要な金額が集まる!

すごすぎるぞ東照宮。

じつは久能山東照宮、クラウドファンディングは以前にもやってた

神社がクラウドファンディングで資金調達する。このイメージがなかなかつかない僕ですが、「そういえば、前にもクラウドファンディングやっていたな・・・」と思い出します。

それは、2016年11月10日に開始された「徳川15代の甲冑を修復しよう」というプロジェクトの一歩目として、「徳川家康公が実際に使っていた甲冑の修復をする。その費用をクラウドファンディングで募りたい」というものでした。

このプロジェクトも目標金額を達成。甲冑はすでに修復され、2017年3月より漆や飾り紐など当時の姿に復元されたうえで展示されています。

kunouzancf_02久能山東照宮「甲冑修復クラウドファンディング」のページ。

でも、「神社がクラウドファンディングってあり?」「刀剣や甲冑って直すのにどれくらいのお金がかかるの?」と疑問に。

国の重要文化財としても指定され、社殿や楼門など国宝指定を受けている建物や展示物が多い久能山東照宮だったら、「国からの援助をはじめとした公費で運営しているんじゃないか?」とも。

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というわけで、いざ久能山東照宮へ

※以下で登場する博物館の展示品は、久能山東照宮より特別な許可をいただいたうえで撮影しています。一般の写真撮影は禁止されておりますのでご注意ください。

神庫で眠っていた刀剣

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お話をお伺いしたのは、久能山東照宮で38年間奉仕し、今回のクラウドファンディングにも関わっている権宮司(ごんぐうじ)の姫岡さん。

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山口

早速なんですが、今回のクラウドファンディングで修復する刀剣は、鑓(やり)1本も含め、全10振。そのうち、8振に関しては2017年に発見されたそうですが・・・
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姫岡

そうですね。2017年9月に社殿東側に位置する「神庫」で新たに発見されたものです。

※刀剣を数える単位はいくつかありますが、こちらでは振(ふり)に統一しています。

kunouzancf_05資料館で展示されている刀剣。スペース・保存の観点から時期によってみられる刀剣が変わる。所蔵:久能山東証売宮博物館

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山口

それらの刀剣はこれまで一度も見つからなかったんですか?
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姫岡

じつはそうなんです。奉納された刀剣を受け取った者が、その存在をどこかに記録することなくそのまま忘れてしまったのかもしれません

 

いま久能山東照宮には、今回発見されたものを含めず40振の刀剣が収められていますが、すべて台帳にも記載があったうえで収蔵されていまして、こういったことは普通ないんです。

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山口

それではどうやって見つけたのでしょう?
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姫岡

神庫を整理しているときに、たまたまといいますか。空き箱のつもりで持ち上げた箱が「ガラガラ」と音がしまして。「おや?」と思って開けたら・・・。
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山口

8振の刀剣だったと。いきなり出てきすぎ(笑)
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姫岡

はい。かつてはここは宝物を収める場所だったのですが、いまは博物館があるので貴重なものは保管の観点からもそちらへすべて移しているんです。

 

なので、いまはお祭りに使う道具ですとか、そういったものがはいっていて、よもや刀剣があるとは思いませんでしたね。

思ったよりも自腹でやることが多いんです

kunouzancf_06神庫で発見された刀剣8振。

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山口

台帳にも記載がないとなると持ち主もやはりわからないということになるのでしょうか?
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姫岡

おそらく明治の「廃刀令」で、武士が自身の刀を処分しなければならなくなったとき、「自分や自分の家は長年徳川家に仕えてきたのだから」と久能山東照宮へ奉納したものではないかと予想はしているのですが、実際のところはわかりません。
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山口

刀は「武士の魂」と言われるくらいですから、簡単に捨てられず、というのはわかる話ですね。
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姫岡

それこそ鞘同士がぶつかっただけでも「誇りを汚した」と喧嘩になってしまうほどのものですから。
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山口

でも、長い間手入れをされていなかった刀剣ですから相当いたんでいそうです。

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姫岡

おっしゃるとおりで、刀剣はすぐに修復が必要な状態でした。ですので、直ちに研師(とぎし)の方に連絡を取って修復の手はずを整えなければならないのですが・・・。
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山口

ですが・・・?
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姫岡

急に出てきた刀剣で、台帳にも記載がなく、もちろん国からの指定を受けたものでもありません。じつは、こうした所蔵物については、持ち主が全額負担をして修復・保管をしなければならないんです。
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山口

えええ。そうなんですね。しかもここまでいたんだ刀剣。かなり費用がかかりそうです。
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姫岡

1振を研ぐのにおおよそ50万円ほどが必要です。さらに、これでは抜身の刀がきれいになっただけという状態ですので、ここから鞘や鍔、柄を作って「拵(こしらえ)」とするのにはさらなる費用がかかってしまいます。
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山口

ひょええぇ・・・。

文化財を守る義務と1,000万円を超える修復も・・・

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姫岡

とはいえ、じつはこうした修復費用については、決してべらぼうに高いという印象もないんです。たとえば甲冑を直すのには1,000万円以上がかかるケースもあります。
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山口

また、桁が変わりましたね・・・。
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姫岡

漆を使ったり、装飾を施したりするのには知識と技術が求められますから。

 

当宮には全部で63領の甲冑がありますが、とくに徳川家の歴代将軍の甲冑については「徳川15代の甲冑が揃うのは久能山東照宮だけ」とも言われているほど重要なものです。

 

なので、こういったものはできる限り展示できる状態で保存したいというのが当宮の考えです。

kunouzancf_08徳川15代の甲冑のうち、とりわけ2代目徳川秀忠の甲冑は現存するものがとても少なく貴重なんだとか。所蔵:久能山東証売宮博物館所蔵

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山口

しかし、今回の刀剣に関してはそれこそ名もなき武士のものかもしれませんし、「修復をしないで・・・」というのも選択肢に思えてきてしまいます。
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姫岡

いやいや。それはあり得ないです。先ほども申し上げた通り刀は、武士の魂として自分の命と同様に扱われていたわけです。

 

ご先祖様が大事になさっていたものを現代にもきちんと残す。そして、武家社会の営みというものを後世に伝えていくことは、家康公をお祀りする当宮では非常に重要なことだと思っております。

多くの神社が抱えるお金の事情

kunouzancf_09刀剣が発見された「神庫」も見事な彩色。

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山口

お金の話は少し驚きました。私はてっきり神社は、自治体や国によって運営に関するお金が賄われているのかと思っていましたが、そんなことはないんですね。
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姫岡

いえいえ、多くの神社は独立した宗教法人。運営の基本となるような人件費をはじめとした諸費用は神社で負担をしているんです。

 

また、今回のケースも含め、国や県市から指定を受けていないような文化財の保護・修復に関しても、自分たちでどうにかするというのが通常ですね。

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山口

たとえば、国宝指定を受けている社殿や重要文化財となっているほかの建造物については、保存・修復に関する費用を支援してもらえるのですか?
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姫岡

一定の割合で補助を受けることが可能です。たとえば当宮では、決まりに従い50年に一度、建物の塗り替えを行っておりますが、この費用のうち半分は国が、そして残りの半分を静岡県、市と当宮から支弁します。
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山口

ちなみに総額で・・・?
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姫岡

おおよそ10億円です。

kunouzancf_10参拝者を待つ荘厳な楼門(ろうもん)。扁額には「東照大権現」の文字があるがこれも当然修復して維持をしている。

荘厳な姿な社殿や楼門。この趣のある朱色は漆を20,30と重ね塗りされているからこそのものです。

上部の装飾部ともなると、画材も含め大変貴重な素材を、いまは少なくなってしまった塗師、宮大工、絵師などを招いて丁寧に修復していきます。それだけに、すさまじい費用がかかるのだとか。

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山口

となると久能山東照宮でも数億円単位での負担が必要に・・・。
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姫岡

そのうえに、久能山東照宮は山全体も史跡として指定を受けていますから、これも現状維持をしなくてはならない。たとえば、階段や柵はもちろんのこと台風で倒木が出ればその撤去費用も含めて捻出しなくてはならないんです。
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山口

工事用の機械をここまで持ってくるだけでも難儀しそうです。年間40万人以上が訪れるここでも決して楽ではないんですね・・・。

縁でつながったクラウドファンディング

kunouzancf_111回目のクラウドファンディングで集まった資金をもとに修復した徳川家康公の甲冑、白檀塗具足。所蔵:久能山東証売宮博物館所蔵

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山口

たしかにこうした莫大な費用をすべて久能山東照宮さんで賄い続けるのではなく、補うためにクラウドファンディングの活用というのはとてもマッチしているように思いました。今回で2回目。1回目は、2016年に行われた甲冑の修復ですよね。
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姫岡

ええ、でしたので、以前サポートいただいたPARCOの「BOOSTER」の担当者さんに「こういう刀剣が見つかったのだけど修復費用が」と相談をもちかけたところ、「あ、それは素晴らしいことだ。文化財をみんなで守っていこうというのは、クラウドファンディングの大きなミッションのひとつだと思う。ぜひ呼びかけてみましょうよ」と乗っていただいて。
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山口

甲冑のときも話題になりましたが、刀剣はもっと大きな話題になりました。このひとつの大きな要因が、ゲーム・アニメとして大人気の『刀剣乱舞』とのコラボレーションだったのかなと思うのですが。
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姫岡

そうですね。いまは、「刀剣女子」とか「歴女」とか、若い方でもこうした文化財に興味を持ってくれる人が増えているように感じます。また、刀剣乱舞の運営元のひとつであるニトロプラスさんとは、ご縁がございまして。
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山口

そうだったんですね。たしか『刀剣乱舞』に久能山東照宮所蔵の刀が登場していました。
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姫岡

「ソハヤノツルキ」ですね。これは家康公が帯びていたもので、「自分が亡くなったら、これを久能山東照宮にご神体として収めよ」と遺言されていた刀です。

 

今回のクラウドファンディングでは、新たに三輪士郎先生にイラストを描き下ろしていただきました。特別にお願いを聞き入れてくださったんです。

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山口

クラウドファンディングのページにも「擬人化のテーマとして使用している刀剣に恩返しできるタイミング」また、プレイヤーに対しても「楽しみの原点である本物の刀剣に恩返しできる機会」と、呼びかけてくださっていますよね。
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姫岡

そういう気持ちはありがたいですよね。文化財は保存と活用が必要です。修復はもちろんなんですが、それを見ていただかないことには意味が半減してしまいます。ですから、普段関わらないような方であってもこうした形で目に触れていただくことはとても貴重なんです。

「史上最速」での目標達成

kunouzancf_12久能山東照宮が利用するクラウドファンディング。PARCOが運営する「BOOSTER」。

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山口

刀剣のクラウドファンディングは、あまりの速さで達成されたという話題になりましたね。僕もリアルタイムで追っていたのですが本当に驚きました。
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姫岡

なにしろ私も驚きました(笑)開始日には記者会見を設け、「さあここから頑張ろう」なんて思いながら帰宅する途中で、BOOSTERの担当さんから「姫岡さん。達成されました」と電話が入ったんです(笑)

 

「え?」って、すぐに自分の目でも確かめましたが、その時点で目標を大きくクリアしていたんです。まいったなと(笑)6時間と10分程度のことだったということで、とにかくびっくりしました。

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山口

今回のプロジェクトがBOOSTERのクラウドファンディングのなかで、史上最速達成ではないかとの声もあるようです。
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姫岡

BOOSTERの担当者さんからもそのようにお聞きしております。しかし、私たちとしては記録そのものより、それだけ多くの方が気にかけてくださったということのほうが嬉しいですね。
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山口

さらに、そのまま伸び続けて数日であれよあれよと目標金額の倍にあたる1,000万円を達成しました。
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姫岡

こんなに大きな話題になって、多くの方にとって決して少なくない額を投資していただけたのは大変嬉しいことです。それこそコラボレーションさせていただいたおかげかなと思いますし、関わってくださった方に感謝しております。

神様にとって大切なのは知ってもらうこと

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山口

こうやって話題になることも踏まえるとクラウドファンディングはただ、資金を集めるプラットフォームになるだけでなく久能山東照宮の知名度にもひと役買ってくれそうですね。
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姫岡

その部分はとくに重要視しています。静岡であれば多くの方が認知している久能山東照宮でも、たとえば東京へ行くと「東照宮の者です」と聞けば、「栃木からご苦労様です」と言われるのが現状です。どうしても日光東照宮のイメージが強いんですね。

 

なので、こういう機会を設けることで、少しでも多くの方に久能山東照宮の存在を知ってもらうということは大変に意義のあることだと考えています。

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山口

静岡県内、いや市内にいる方であっても名前やあることは知っていても、足を運んだことがある方は少ないかもしれませんね。
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姫岡

もちろんあると思います。なにしろ階段で参拝するのも大変ですから(笑)でも、神社というのは神様をお祀りするところ。神様を知っていただいて多くの方々にお参りいただくことが、一番大切なんです。

 

徳川家康公のご遺言で造られた東照宮は日本にふたつだけ。日光はもちろんですが、久能山東照宮の認知も広げていかなければならないと思います。

地域とつながる久能山東照宮のミッションは「守ることと結ぶこと」

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神様をお祀りし、歴史を守り伝える場所である神社。

参拝された方や地域住民にご利益があるよう神事をこなすだけでなく、その場所を維持することや御祭神について広めることに大きな意味があることを教わりました。たしかに、東照宮の煌びやかな社殿、そして所蔵される宝物はここでしか見られないものです。

一方でお伝えした通り、神社の維持にはとてつもないお金が必要です。今回の刀剣に関しても、拵を作ったり、今後の保存について考えたりした場合はもちろん、リターンを用意するのに使用するお金も含めて考えれば、もっと資金が必要なんだとか。

結果的に、ビックリするくらいの速度で目標を達成してしまったとはいえ、このプロジェクト、予定通り3月4日までは継続予定であるとのこと。リターンが気になる方やこの記事を読んで、刀剣修復を応援したいという方がいればぜひ、応募してみてください。

※クラウドファンディングページ:国宝 久能山東照宮 秘刀に命の息吹を。刀剣修復プロジェクト~刀剣の輝きこそまこと。~

そしてもし、「今回のリターンには特別興味がなかったけど、東照宮は応援したい!」という方は、ぜひ久能山東照宮へ。紹介した展示品や社殿が見られ、その拝観料・入場料は神社の維持にももちろん使われますから。

久能山東照宮がもっと楽しくなる小ネタ

久能山東照宮

住所:〒422-8011 静岡県静岡市駿河区根古屋390
開放時間:9:00〜16:30
アクセス:JR静岡駅よりバス日本平線で約50分、日本平バス停で下車、ロープウェイで5分(公共交通機関)