風太くんは静岡生まれ&昔から立っていた?
スターレッサーパンダにまつわる噂の真実
2005年、「立つレッサーパンダ」として一世を風靡した千葉市動物公園の「風太」くん。みなさんもその名を聞いたのは、一度や二度ではないでしょう。
そんなスターレッサーパンダ・風太くんですが、福島県出身のわたしは23年間、彼を「千葉生まれ千葉育ち」だとばかり思っていました。しかし先日、こんなウワサを小耳にはさんだのです。
――風太くんは静岡市立日本平動物園で産まれた。加えてその当時から、2本足で立っていたらしい。
これが事実だとしたら、なにをやっているんだ日本平動物園。あんなスターをやすやすと他県に引き渡してしまうなんて。そしてどうした静岡県民。かわいいの権化に違いない「立つ子供レッサーパンダ」に、なぜ食いつかなかったんだ。
でもこれはあくまでウワサ話。都市伝説のレベルかもしれません。謎は謎のままにしておいたほうがきっといい……。
謎のままにしません!日本平動物園に潜入
そんなわけあるかい。こんなビッグニュースを放っておくわけにはいきません。じつのところを確かめるべく、日本平動物園へやってきました。
エントランスのすぐそばの「レッサーパンダ館」。園内でまず目に入る場所へ設置されているのを見る限り、日本平動物園はレッサーパンダに力を入れているみたいです。
果たしてここが風太くん生誕の地なのでしょうか?
問い合わせたところ、この件について「よく知る人物」とお会いさせていただけるとのこと。駆けまわり転げまわるレッサーパンダに癒されつつ待つと、そこに現れたのはひとりの女性でした。
おしえて!しいくいんさん
この都市伝説を解き明かす重要人物、松下さんです。「当時のことなら」とご紹介いただいたのですが、「当時」ってもう完全に答えだね。でも聞く。
馬場 |
松下さん、ずばり。日本平動物園に風太くんはいたんでしょうか? |
松下 |
そうですね。いました。 |
でしょうね! いや、いいんです。これがひとつ知りたかったことですから。
馬場 |
それはいつごろのお話でしょう? |
松下 |
風太が生まれたのがここなんです。2003年の夏に誕生して2004年の春、千葉へ移りました。なので、日本平動物園にいたのは1年弱ですね。 |
馬場 |
たしか「立つレッサーパンダ」として有名になったのは2005年、移って翌年のことですか。それまで風太くん、立ちあがることはなかったんでしょうか? |
松下 |
いえ、そもそもレッサーパンダは立ちやすいというか……。 |
馬場 |
立ちやすいとは……? |
松下 |
野生でもあたりを見まわしたり、木に登るときでしたりとか、スクッと立ちあがるような姿勢をとるんですね。風太がこちらにいたときも、木に登るときや飼育員に餌をねだるとき、立ち上がる姿勢は見せていました。ただ……。 |
馬場 |
レッサーパンダがもとよりってことですね。 |
松下 |
ええ。風太に限ったことではなく、多くのレッサーパンダはそのような体勢をとれるので、際立って風太がスクスク立っていたということはないです。 |
「風太くんは静岡にいたころから立っていたし、なんならレッサーパンダはみんな立っている」。これが真実でした。
そうなると、静岡では話題にならないレッサーパンダの習性が、なぜ千葉に移ってから目立つようになったのか? 松下さんによれば、「展示の構造」にヒントがあると言います。
風太くんの性格×展示構造のマッチが鍵
馬場 |
動物園の展示構造って、そう大きく変わるものでしょうか? |
松下 |
当時風太がいた日本平動物園のスペースは、比較的お客様と目線が近くなるよう展示されていて。
一方で千葉の動物園はお堀のようになっているので、お客様は上から見下ろし、レッサーパンダが立ち上がることで距離が近くなるんですね。 |
馬場 |
なるほど、それで立つ行動に特別感が。 |
松下 |
とくに風太は好奇心旺盛なので、お客様の様子が気になってきょろきょろと。こちらの展示スペースよりはお客様が見えにくいということで、立つシチュエーションが増えたんじゃないかなと思います。 |
松下 |
それと風太は、ほかの子よりもちょっと尻尾が短いんですね。立ったときにちょうどうまく支えになってきれいな姿勢になるというのも、あちらの獣舎とマッチしたんじゃないでしょうか。 |
馬場 |
納得しました。静岡県民のなかで「レッサーパンダが立つ」ことが話題にならなかったのは……。 |
松下 |
レッサーパンダが普段からする行動のひとつだったので、そこにだけピックアップして注目は集まらなかったということですね。 |
ちなみにこれは座った状態だそう。
つまり日本平動物園に来ても、同じように「立つレッサーパンダ」たちに会えるということ。でも待って、どうして風太くんははるばる千葉へ移ってしまったの? ご安心を、そこのところも聞いてきました。
日本平動物園は日本のレッサーパンダの血統管理を担当し、「種別調整事業」を行っている動物園。たとえばそれぞれの園で自由に繁殖してしまうと、血統の偏りが出てしまいます。
血が濃くなれば人間同様、レッサーパンダの子供にも健康障害が現われかねません。レッサーパンダという種を守るために風太くんは千葉へ移り、いまや5男3女のパパ、さらには計20匹以上の孫・ひ孫を持つおじいちゃんとして暮らしているのです。
新たなスターレッサーパンダ「ニコ」
馬場 |
疑問が晴れてすっきりしました。あの、最後にひとつ伺いたいことが。 |
松下 |
なんでしょう? |
馬場 |
いま日本平動物園で飼育していらっしゃるレッサーパンダのなかで、「風太くんにも負けないぞ!」というスター性のある子はいますか? |
松下 |
ああ、それでしたら今年の6月に生まれた女の子ですね。ついこのあいだ一般公募で名前が決まった、「ニコ」ちゃんっていうんですけど。 |
にっこりほほ笑んでいるように見えるニコちゃん。
松下 |
いまは飼育棟にいまして、身体の大きなほうがお母さん、小さいのがニコちゃんですね。 |
馬場 |
まだ生後半年くらいですか。ニコちゃんの魅力ってなんでしょう? |
松下 |
私たちから見ても、きっとお客様が見てもわかると思うんですけど、すごくフワフワしていて。
冬場は通常、毛がぼさぼさになっちゃったり、抜けちゃったりするんですけど、ニコはこのフワフワの毛で初めての冬を迎えるんです。※取材日は12月12日。 |
あとからニコちゃんのいる飼育棟へ行くと、たしかにすぐ見分けがつきます。フワフワの毛に覆われたまるっこいお顔。がむしゃらにご飯を食べたかと思えば、急にそっぽを向いてみたり、こちらをじっとのぞきこんできたり……。
ニコちゃんの蠱惑的なスター性を、たった5分で垣間見ました。
パンダといえば白と黒のジャイアントパンダ。それが当たり前の時代に、「レッサーパンダ」の名を日本中へ知らしめた風太くん。彼の生誕の地は静岡・日本平動物園にありました。
そしてここで誕生した新たなスター、ニコちゃんも静岡で会えるうちにたくさん会いに行ってみてくださいね。