コーヒー屋さんは町の観光案内所?
お客さんと鷹匠の中継地点「MARNIE’S COFFEE」
静岡市葵区の鷹匠で2015年2月、自家焙煎珈琲店としてオープンした「MARNIE’S COFFEE(マーニーズコーヒー/以下、マーニーズ)」。
品質にこだわったスペシャリティコーヒー※を中心に、オーガニックの野菜のみを使ったフードなどを提供しています。そんなマーニーズのオーナーを務めるのは山崎嘉也さん(以下、マスター)です。
※スペシャリティコーヒー:生産から品質管理まで目が行き届いた高品質のコーヒー
山崎嘉也
MARNIE’S COFFEEのオーナー。静岡県清水区出身。イタリアンバール※「セガフレードザネッティ」にて10年間勤務し、現場、店舗マネージャー、チーフバリスタを経てスーパーバイザーを経験。
セガフレードザネッティの前には、不動産会社や無印良品で不動産や物流の勉強をしていた。ちなみに高校ではバンドを、大学では経営学とバーテンダーに勤しんでいたそう。
※バール:エスプレッソをメインに提供するお店。現地では地域の井戸端会議によく使われる。日本でいう喫茶店のような存在。
マーニーズのキーワードは「ローカル」?
MARNIE’S COFFEE オーナー 山崎嘉也さん
さて僕(吉松)は大学生のころ、某コーヒーショップで働いていて、将来はカフェ店員になりたいと考えた時期もありました。だからなぜお店を始めたのか、どういう想いでやっているのかがものすごく気になる。
マスターにそんな疑問を投げかけてみると、まずお店を始めるきっかけについて、意外な答えが返ってきました。
吉松 |
マスターはこのお店を始めるきっかけはやっぱり、セガフレードザネッティでの経験だったんですか? |
マスター |
いや、そこではないんですよ。 |
吉松 |
そこではない! |
マスター |
お店を始めた理由はふたつあって。ひとつはイタリアにはバールが何十万件ってあるんですね。日本のコンビニよりもずっと多いんです。しかも、一つひとつのお店が町に根差しているんですよ。
ミオバール(イタリア語で”私のバール”)といって、自分はここのお店にしかいかないっていうのも当たり前で、とにかくローカルなんですよね。それを知ったっていうのがまずひとつ。 |
吉松 |
もうひとつは・・・? |
マスター |
もうひとつは、清澄白河(東京都江東区)にある「ARiSE COFFEE ROASTERS(アライズコーヒーロースターズ)」っていうコーヒー屋さんです。
ブルーボトルコーヒー※のすぐ近くにあるんですけど、このお店と3年前に出会ったことが大きなきっかけですね。ARiSEオーナーの林さんに会って、お店に行って「あ、お店やろう」って思いました。
※ブルーボトルコーヒー:アメリカを代表する新世代のコーヒーブランド。記念すべき海外初出店が清澄白河だった。 |
吉松 |
それはなんでですか? |
マスター |
清澄白河ってほんとうに下町なんですよ。いまでこそブルーボトルコーヒーがあって、観光客とか若い子たちがいっぱいるんですけど、3年前はいまみたいに人は多くなかったんです。だからARiSEには町の人しか来ないし、常連さんがマスターと話をするっていう感じで。 |
吉松 |
あ、それがイタリアのバールと。 |
マスター |
そう。すごく近かった。俺がやりたい仕事ってこういう仕事だって思ったんです。ARiSEではいろんな文化人や観光客が来て、「どこかおすすめのお店はないですか?」って聞いているんですよね。清澄白河の観光案内所みたいな存在なんです。 |
吉松 |
へー! コーヒーのお店でありながら、コミュニティスペースみたいな。 |
マスター |
ほんとそうです。そこで林さんと話をしながら、お店をやろうと思ったんですよ。 |
町とお客さんをつなげるコーヒー屋さん
マーニーズは勝手なイメージながら、都内や海外に視点を向けたお店だと思っていました。でもそうではなくて、地域に根差したローカルな存在なのかもしれません。そして、その答えはマスターの言葉ではっきりしました。
吉松 |
林さんからなにか言われたことってありますか? |
マスター |
何気ない会話ですが、「お店やったほうがいいですよ。絶対上手くいきます」って言われました。林さんは覚えてないと思いますけど(笑) |
吉松 |
ほんとですか! マスターのことをなにか感じ取った言葉だったんですかね。 |
マスター |
なんでしょうね。考えていることがすごく近かったことがあるかもしれないです。たとえば、鷹匠にお店を構えるってことに意味があるんですよ。 |
吉松 |
鷹匠にお店を構える意味? |
マスター |
僕は鷹匠がすごい好きで、この町のためになにかできないかなって常に考えているんですね。当然、コーヒーのことが第一ですけど、この町に人が来てくれないとうちにも人は来ないじゃないですか。 |
吉松 |
そうですね。 |
マスター |
ってことはお客さんと町をつなげる中継地点が必要で。そういう役割を担っていくのがコーヒー屋さんだと思っているんです。
これがレストランとかだったら「この辺でおいしいお店ってないですか?」って聞きづらいですよね。
・・・っていう考えを林さんも同じように持っていると思いました。 |
吉松 |
はーなるほど。 |
吉松 |
でも、マスターは清水出身ですよね。なんで鷹匠にそこまでの想いがあるんですか? |
マスター |
はじめは当然なかったです。住んだことも来たこともなかったので。空き店舗の紹介で、たまたま鷹匠に出会ったんですけど、まずこの通りの雰囲気がすごいよかった。 |
吉松 |
それ、すごくわかります。木に囲まれた真っすぐな道が開放的ですよね。 |
この通りというのは、マーニーズが面する「つつじ通り」のこと。ちなみに僕はこの閑静で開放的な様子から、つつじ通りないしは鷹匠のことを「静岡の代官山」と呼んでいます。
マスター |
あと、ここは鷹匠のはずれなんですよ。すぐ隣の通りは繁華街も近くて結構栄えているんですけど。 |
吉松 |
はずれているほうがよかったんですか。 |
マスター |
街中じゃないところがよかったんです。やっぱり地域に根差したローカルを考えていて、それが静岡でやる意味なので。
極端な話、東京でやったほうが儲かりますし。だから地域から発信するという意味で大切でしたね。 |
吉松 |
共感です・・・。もしかすると、鷹匠がイタリアのバールとか清澄白河の雰囲気に似てる、ってのもあったんですか? |
マスター |
そうですね。それはすごく意識しました。 |
コーヒーはあくまでコミュニケーションツール
マスターは自分のやりたい仕事に、とにかくこだわりを持って妥協なしで進めている。だからこそ、こんな話をしてくれたんだと思います。
吉松 |
じゃあ、イタリアのバールやARiSEさん、それから林さんから感じたことは、この鷹匠で体現できている・・・。 |
マスター |
とは・・・。 |
吉松 |
思います? |
マスター |
思わないですね。 |
吉松 |
そうですかー。 |
マスター |
やっぱりまだまだ満足してはいけないところです。たとえば、コーヒーの品質をひとつとってもそうですね。おいしいけどね(笑) |
吉松 |
おいしいですよね。さっき飲んだコーヒーなんて相当おいしかったです(じつはいただいてました)。 |
マスター |
コーヒー屋さんとして、おいしいことは大前提ですから。でもそれだけじゃなくて、コーヒーはウンチクを語りながらとか、肩ひじ張りながら飲むものではなくて、コミュニケーションツールのひとつだと思っているんです。
だから、コーヒーは普段から飲めるし、使えるものでなければならなくて。うちでは普段使いできてかつ、しっかりしているもの、いわゆるスペシャリティコーヒーしか取り扱ってないんです。 |
吉松 |
なるほど。スペシャリティコーヒーといっても、手の届く範囲の豆もかなり多いですもんね。 |
マスター |
そうですね。・・・たとえばですけど、毎日のようにロマネコンティは飲めないけど赤ワインなら飲めますよね。 |
吉松 |
あーそうですね。飲めます。 |
マスター |
その感覚です。でも、ちょっといいワインを飲みたい日もあって、その選択肢を持っておきたいな、とは思っています。 |
吉松 |
なるほど。僕なんかコーヒー好きなので、手の届く範囲での選択肢の広さは嬉しいですね。 |
吉松 |
ここまでお話しを伺っていると、目指しているところはイタリアンバールやARiSEさんかな、と思ったんですがどうですか? |
マスター |
んー。お店を始めたきっかけではありますけど、近づきたいとは思っていないですね。僕には夢もありますし。 |
吉松 |
あ、そうなんですか。どんな夢ですか? |
マスター |
コーヒー農園と無人島が欲しいです。 |
吉松 |
え、結構壮大ですね。 |
マスター |
そうですね(笑)まあ、コーヒー農園も無人島も、飲食に関わる以上は安全を守らなきゃいけないからで。
たとえば、高品質なコーヒーの定義として、「from seed to cup」というのがありまして。コーヒーの種からお客さんに行き渡るまでを、一貫してわかるようにしましょうってことなんですけど。これをするには農園からしなきゃいけないですね。
とにかく自分のお店で出すのは、自分で全部作りたいと思っているんです。 |
マスターはコーヒー農園と無人島を手に入れるために、これからお店を増やそうと考えているそうです。出店先は静岡市内を予定。
もちろん街中ではなくて、鷹匠と同じようにローカルな地域です。そしてコーヒー屋さんという”町の観光案内所”をもっと作っていきたいと。
これはほんとうに楽しみで、お客さんと町をつなげる中継地点が増えると、町はより活気づく上に足を運びやすい環境になると思うんです。
個人的にも静岡でやる意味、その在り方のヒントになった気がします。