シネ・ギャラリー副支配人のおすすめ映画
これを観て僕たちは映画にハマった!
これまで2回にわたってお届けしてきた静岡のミニシアター「静岡シネ・ギャラリー」へのインタビュー。ローカルで映画館を作ること、そして文化を発信していくことについてお話しを伺い、そこに携わる人がどのような想いで運営をしていたのかが見えてきました。
そして3回目となる今回は特別編。静岡シネ・ギャラリー副支配人の川口さんと海野さんのおふたりに、「若いときに観て感動した映画」というテーマでおすすめの映画をそれぞれ3つご紹介していただきます。
なんといってもミニシアターを運営し、上映作品の選定も行っている方々ですから映画の知識は豊富。でも、自身がまだ映画館運営に携わる前、いったいどのような映画を観てその魅力にハマっていったのか気になるところです。
おふたりとも、かなりのシネフィル※ですからどんな映画をおすすめするのか・・・。
※フランス語で「映画狂」を表す言葉。
『不思議惑星キン・ザ・ザ』批評家が思わず怒り出すほどの「ゆるーいSF」(海野)
山口 |
では、ここからはおすすめの映画なんですが、まずは海野さんいかがでしょう? |
海野 |
3つですよね? まずひとつめは・・・うーん・・・。そうだなぁ。若いころ、でいえば『不思議惑星キン・ザ・ザ』かな。 |
『不思議惑星キン・ザ・ザ』 1986年 監督:ゲオルキー・ダネリア(ソ連) |
海野 |
これは、もうタイトル通りSF映画でソ連の作品なんですけど・・・ちょっと毛並みが違うというか、よくあるSF映画とはまったく違うもので。というのも普通SF映画といえば、科学考証がしっかりしていて、どれだけリアルな描写か、映像表現かといったところにこだわるのがひとつの特徴ですよね。 |
山口 |
そうですね。矛盾や事実と違う設定というのは、たたかれてしまうケースもありますね。いかにリアリティを出せるかが大切なジャンルという印象があります。 |
海野 |
なんですけど、キン・ザ・ザはもうそこが本当にゆるい。「これでいいのか?」って思っちゃいます。 |
山口 |
「ちょっとダサいな」みたいに感じるSF映画もありますよね(笑)どうして選ばれたんですか? |
海野 |
そうですね(笑)じつはこの作品はできた当時、公開前の時点ではソ連の批評家たちにめちゃめちゃに批評されてしまうんですね。
さっき言ったみたいなSFらしからぬ、というのもありましたし、なによりソ連なので国のお金を使っているというところもあって、「監督はこんなものにお金を使ったのか」といわれる始末。
ところが、いざ公開となってみると若い人たちがこぞって観に行って、「これはすごい作品だ」となったんです。で、そこから火がついて、全世界で何度も上映される作品に。じつは、静岡シネ・ギャラリーでも1月から上映しますので、気になればぜひ観に来てほしいですね。 |
ミニシアターとの出会いになった『バッファロー’66』(川口)
『バッファロー’66』 1998年 監督:ヴィンセント・ギャロ(アメリカ) |
川口 |
『バッファロー’66』は僕が「単館系映画」とか、「ミニシアター系映画」というものを知ることになった映画です。僕が18か19歳のころなんですが、渋谷のミニシアター「シネマライズ」※で観たんですね。
※正しくはシネクイント。取材時に川口さんが少し勘違いをしてしまったようです。
シネマライズ自体は静岡に暮らしているころから知っていて、そこでやっている映画なんかを情報誌で見ると、「こんな映画も静岡では上映しないのか・・・。シケた街だ、出てってやる」みたいな反抗心を持ったこともありましたね(笑)
でも、まだ当時は単館系とか映画館の大小というより、「見たい映画」っていう感じであまり意識はしていなかった。 |
山口 |
シネマライズはミニシアターの火付け役ですものね。 |
川口 |
そうそう。それでこの映画が上映されているとき、僕は浪人生として東京で暮らしていたんですけど、やっぱりすごく孤独だったんです。でもシネマライズにひとりで行って、そしたら『バッファロー’66』は満席。
「ああ、僕はひとりじゃないな」って思ったっていう(笑)そういう意味では思い出深いですし、そういう感動は若いころ特有じゃないかなぁ。 |
山口 |
それでおすすめ、というわけですね。 |
※シネマライズ:渋谷のミニシアターで、「ミニシアターブーム」の火付け役となった映画館。「アメリ」などアート色の強い作品の上映をすることでファンの間では知られる。2016年1月に惜しまれつつも閉館。
※シネクイント:渋谷PARCOないにあったミニシアター。『バッファロー’66』がロングランヒットになるなど話題を呼んだが、同じく2016年8月に閉館
若いころに見てびんびん感じた『ストレンジャー・ザン・パラダイス』
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』 1984年 監督:ジム・ジャームッシュ(アメリカ) |
海野 |
『ストレンジャー・ザン・パライダイス』は1980年代の作品で、リアルタイムで観たわけではないんですけどとにかく鮮烈でした。 |
山口 |
どうしてでしょう? |
海野 |
まずは映像がめちゃめちゃにかっこいいんですね。モノクロなんですよ。当然80年代になればほとんどがカラーというなかで、あえてモノクロ映画を作っていて、しかも粗い画質で撮っているんです。
こう聞くとめちゃめちゃにマニアックな作品のようにも感じるかもしれませんが、ストーリーは強要するようなものではないというのもまたいいところだなぁと思います。 |
山口 |
解釈が観客にゆだねられるような作品なんですかね? |
海野 |
そうですね。大枠としてはもちろん決まっていて、ニューヨークの若者たちが「自分の居場所や本当の自分」を探すという話で、3部構成でそれぞれ違う場所に行くというものなんですが・・・。 |
山口 |
なんだかすごくアメリカ作品だ、っていう雰囲気ですね。サリンジャーとかのアメリカ文学にも通ずるところがありそうというか、あの辺の話も若いころに知っておいてよかったなぁと思います。だから、この映画もすごく感じるんだろうなぁって。 |
海野 |
当時の僕も20歳前後で、とにかく肌感覚でビシビシと感じました。ああやってアメリカのいろいろな街や環境に移っていって「ここじゃないところへ行ったら、なにか変わるかもしれない、一皮むけて成長できるんじゃないか」っていう主人公たち。
でも、結局どこにいっても「あ、自分は自分だ」となんとなく気づいていくっていう展開に、「これは僕だ」ってもうすごく共感しました。 |
『トレインスポッティング』真夜中に抜け出して映画館へ行った思い出の一本(川口)
『トレインスポッティング』 1996年 監督:ダニー・ボイル(イギリス) |
川口 |
若いころ、とかく自分の思い出で続けて言えば『トレインスポッティング』ですね。ちょうど続編が決定したところで、来年から世界中でまたブームになるんじゃないかなぁ。 |
山口 |
イギリス青春映画の傑作という人も多いですよね。 |
川口 |
じつは、この映画は自分が高校生のころにレイトショーを女の子と観に行ったという思い出の一本です(笑)真夜中に約束をして、家族にもばれないように家を抜け出して映画館へ行きましたね。
しかも、見終わったら帰りにたまたま同じ映画を見ていた高校の先生に見つかっちゃって・・・。 |
山口 |
そりゃ大変ですね。 |
川口 |
そしたら、「このまままっすぐ帰るなら、怒らないで許してやるぞ」って。「え、大丈夫なの?」と思いましたよ。こんなめちゃめちゃにジャンキーが描かれた映画だけどって(笑)
だけど一方で、ほかのことではなく映画を観ることって悪いことじゃないんだなぁと感じた瞬間でもありましたね。 |
山口 |
ははあ。結構、ラッキーですね。 |
川口 |
その先生もまたちょっと変わり者で、家庭科の先生だったんですけど、教室でボブ・ディランを歌っちゃうような人だったからかな。理解があったのかもしれないですね。
ただ、映画を観終わったあとでよかったな、とは思いましたが。ともかく、若いころにビシビシ感じたいならこの映画ってのは本当にいいと思います。ぐちゃぐちゃに青春時代を感じられるって意味でも。 |
山口 |
ちょっとジャンキーですが。 |
川口 |
そうですね。でも、気に入る人も多いと思います。 |
泣ける映画がすべてではないけれど、とにかく観たら泣けてきちゃう『エイプリルの七面鳥』
『エイプリルの七面鳥』 2003年 監督:ピーター・ヘッジズ(アメリカ) |
海野 |
最後の一本は・・・そうだなぁ。・・・僕は、泣ける映画が必ずしも「いい映画」というわけではないとは思っているんですけれども、とにかく観ると泣いちゃう映画というのもあって、それが『エイプリルの七面鳥』という作品です。 |
山口 |
感動系の作品なんですか? |
海野 |
ストーリーはタイトル通り、「感謝祭にエイプリルという料理下手な女の子が七面鳥を焼いて、ずっと疎遠だった家族をアパートに招待する」というもの。クリスマスとかに集まってなにかをするっていうストーリー自体は、結構ありがちだとは思うんです。
でも『エイプリルの七面鳥』は、そのなかでも集まってからなにかをする場面をフォーカスするんじゃなくて、久しぶりに会うっていうところに、ものすごく焦点があたっているのが特徴だと思います。 |
山口 |
なるほど。 |
海野 |
「会うとどうしても喧嘩しちゃうのではないか、やっぱり止めとこうか」と考えちゃう女の子とか。それを「いやいや、オレもめっちゃフォローするから頑張ろうよ」みたいな彼氏とか。
観てて、誰かに感情移入して泣けてきちゃうんじゃなくて、「ともかくみんな幸せになってくれ」って思っちゃうような、そういったほっこり幸せを感じられる作品ですね。で、何回観ても最後の晩餐会の場面で泣けてきちゃうんです(笑) |
静岡シネ・ギャラリーで働くことのきっかけになった『トーク・トゥ・ハー』
『トーク・トゥー・ハー』 2002年 監督:ペドロ・アルモドバル(スペイン) |
山口 |
これで最後の作品になりますが、川口さんの選んだ映画はなんでしょう? |
川口 |
これは、もうかなり決めきっていたんだけど『トーク・トゥ・ハー』ですね。 |
山口 |
どうしてこの作品を? |
川口 |
これは2003年の12月に観た作品で、静岡シネ・ギャラリーへお客さんとしてはじめて観に来た映画なんです。だからすごく思い出深い。じつはここで見る以前に、東京でその年の秋に観ていて。
伝馬町パーキングからこの映画のポスターがシネ・ギャラリーにかかっているのを見て、「ああ、ついに静岡にも『トーク・トゥ・ハー』を上映する常設館ができたんだ。よかったよかった」なんて偉そうなことを思ったのを覚えてますね(笑) |
山口 |
それはちょうどオープンにあたる時期ですよね。静岡シネ・ギャラリーにとっても重要な映画ですね。 |
川口 |
そうですね。静岡シネ・ギャラリーのオープニング作品は、たしかこれと『ローマの休日』だったと思います。で、『トーク・トゥ・ハー』は植物人間になってしまう人が出てくる映画なんですけれども、たまたま看護師をしている女の子と観に来たんです。
当然、彼女はこんな映画知らないし、そもそもスペイン映画なんて見たこともない人で。それが『トーク・トゥ・ハー』を観終わったあとに、「一生忘れない映画になった」って言ってもらって。自分が作った映画でもないのにすごくうれしかったですね。 |
山口 |
いまのお仕事にもつながってくるんですかね? |
川口 |
そうですね。そのときに「あ、自分の好きな人や仲のいい人に、自分が好きな作品を好きになってもらうことってすごくありがたいことなんだ」と感じたんですね。
やりがいにも通じるんですけれども。もしかしたら、ここがスタート地点になっているのかもしれないですね。 |
いかがでしょうか? まだまだ観たことがないという映画も多かったかもしれません。
僕が意外に感じたのは、おふたりが純粋に「心にぐっと来た」作品をチョイスしていたこと。映画が好きでたくさんの作品を見ている方って、「撮影技法やカット割りが・・・」みたいなところから作品を選ぶのかな、と思っていました。
でも、それよりも「とにかく観て、面白い!と感じられるか」という部分が、映画を観るうえで大切だとおふたりは話します。これから年末年始で少し時間ができる方も多いはず。気になる作品があれば、ぜひ見てみてくださいね。
もちろん映画は、映画館で観てこその迫力や音響が楽しめるのも醍醐味です。今回ご紹介していただいた作品でも1月に静岡シネ・ギャラリーで公開予定の「不思議惑星 キン・ザ・ザ」、さらには「トレインスポッティング2」と今後が楽しみになるようなものもあります。ぜひ、チェックしてみてください。