あのお城はお坊さんが運営する映画館!?
「静岡の文化の発信拠点へ」秘められた想い
静岡駅から新静岡セノバに続く道の途中、松坂屋を越えてすぐの脇道に入ると見える、まるでヨーロッパの建築物のような建物。
じつはこれ、「サールナートホール」という文化施設なんです。そして、その中にはイベントスペースのほか「静岡シネ・ギャラリー」という映画館が入っています。
この文化施設を運営しているのは、同館の向かい側にある「宝泰寺」のご住職である藤原靖爾さん。つまり、お坊さんが映画館を運営しているんです!
特異な見た目はもちろん、どうしてお坊さんがこのような文化施設を作ったのでしょう。
というわけで、映画を趣味にしている山口(にわか)が、実際にサールナートホールへお話しを伺いに来ました。
どうしてお坊さんが映画館を作ったの?
お話は宝泰寺さんの茶室で。直々にお茶をいれていただき大変恐縮・・・!
山口 | さっそくなんですが、どうして映画館やイベントスペースを備えるサールナートホールを作ろうと考えたんですか? |
藤原 | 私にはもともと文化を築こうという夢があったんですね。静岡というのは東京からそう遠くないというのもあって、借り物の文化をやれる場所という利点がある一方で、地元に根付いた文化のようなものってあまりないなぁ、と感じてまして。 |
山口 | それはなにかお寺さんというのとは関係があるんでしょうか? |
藤原 | もともと古くはお寺というのは地域の公民館の機能を果たしていたところ。人が集まってきて話をしたり、行事をしたりするような場所だったわけです。
それが、別の建物として公民館がそれぞれの地域にできるようになって、寺は法事をやる場所っていう風に分けられるようになっていったんですね。 |
山口 | ははあ。そんな経緯があるんですね。それで、公民館を現代的に作ろうというところにいたったんわけですか。 |
藤原 | そうです。たまたま私も土地を持っていたので、檀家さんとも話して会館としての機能も持たせたうえで、さらになにか社会事業ができないかという方向になって。
でも、最初に話したような想いはあったんですが、なにしろ知識も方法も知らないもんだから、宝泰寺の青年部や檀家と一緒に集まって2年くらい勉強しました。
それで、「いろいろなことがやれる場所」というのがいいんじゃないかということになって、実際に会館を建てようというところまでいったんです。 |
当初はさまざまな社会貢献事業を展開していた!
1階はいまでもイベントスペースとして使われ、講演会や音楽イベントが開かれます。各種のパンフレットも置かれているのでぜひ、手に取ってみてください。
山口 | それでは、最初はなにかをやるという感じで、その内容については決めていなかったんですね。 |
藤原 | 建物自体を建てたときには、1階にはイベントホールを、2階にはお寺が法事や講演で使う場所、そして3階には多目的ホール※という構造でした。静岡にも小さな劇団というのはたくさんあるし、楽器をやっている方もたくさんいる。
それで、そういう人たちをサポートしてあげたいという気持ちで、公演場所としてホールを提供していましたね。一時期は「サールナート楽団」というのも持ってたな。 |
山口 | 楽団・・・! まさに、「静岡発の文化を」というコンセプトの通りですね。 |
藤原 | そう。90年代はちょうど社会貢献への機運も高まっている時期で、そういう事業が市町村や企業単位でどんどん行っている時期だった。だから、これ自体は結構受け入れられましたね。
ホールで演奏するだけではなく、将来こうした楽器のプロになりたいと考える人のところへ演奏をしにいったことも。ほかにも障がい者の方の作品を展示したり、落語やったり・・・いろいろやったねぇ。 |
山口 | 活発なご活動ですね。映画に関する活動もあったんですか? |
藤原 | この当時は、映画館としてのきちんとした設備というのは整えていなかったんだけれど・・・。90年代というのは、県内の市町村もこうした事業に助成や補助をしてくれたというのがあってね。
たとえば、社会的な映画・・・。あのときには阪神淡路大震災のドキュメンタリー作品とかを、地方へ持っていって上映するというのをやってた。映写機を車に積み込んで、伊東市だとか熱海市だとかへ行くこともありましたね。 |
山口 | 出張映画館ですね! |
藤原 | まさに、そんな感じです。 |
※現在は3階に静岡シネ・ギャラリーがあります。
運営につまずいた先の「ミニ・シアター」という発想
こうして地元に根差した会館、そして文化を築き上げるための活動を続けていった藤原さん。
一見、順風満帆に見えるサールナートホールですが、その経営があまりうまくいかなくなってしまう時期が訪れたといいます。
藤原 | サールナートホールを作ってから10年くらいしたころ、経営が難しくなった時期がきてしまって。これは、さきほどからお話ししていた通り、いろいろなことに手を伸ばしすぎてしまったというのも大きな要因。
けれども、90年代後半に入ってくると、自治体の助成が少なくなったり、社会的にも文化貢献に対する意識が希薄になったりしたことも理由だと思う。それで、あんまり赤字が続くものだから、このままサールナートホール自体を閉じてしまおうかとも考えたんだ。 |
山口 | そうだったんですね・・・。でも、いまは「静岡シネ・ギャラリー」として多くの人が訪れる場所になっています。どうして映画館に改装しようと考えたのでしょう? |
藤原 | やめてしまおうかとも思ったのだけれど、ホールを使わないようになってしまうと、空調からなにからダメになってしまうんですよね。そうしないためにはメンテナンスを定期的にしなきゃならないんだけど・・・。 |
山口 | それではただ赤字が膨らんでしまいますね・・・。 |
藤原 | そう。当初は、毎日でなくとも定期的にイベントを開催するスペースとして使おうかという案も出たのだけれど、そのたびにセッティングをするのは金銭的にも運営の手間もえらいもので・・・。そこで、「とにかく毎日、ホールに人を呼べるようなもの」ということで考えたのが映画館だったんだ。
あと当時は、ミニシアター形式の劇場が人気で地方にも多く開館していたというのもあって気になっていた。でも、どうにも「それでうまくいくの?」って不安に思っていたこともあって、名古屋で実際にミニシアターを経営している方のところへ話を伺いに行ったこともあったんです。
そしたら、うまくいっていると。それじゃあやってみようということで、ミニシアター「静岡シネ・ギャラリー」を開館することにしました。 |
リニューアルはすべてDIY!?
この椅子の一つひとつにもリニューアルの秘密が・・・!
なにか新しい形で、と模索していて出会ったミニシアターという形式。かなり大がかりな改修のようにも感じますが、じつは準備の面でも理にかなっていたといいます。
藤原 | ミニシアターを作るのは、投資できる予算額が限られていたこともあったんです。 |
山口 | ・・・? 映画館の設備を新たに入れようと考えるとかなり費用がかかりそうですが・・・。 |
藤原 | じつは、当時は不況もあって映画館の閉館も多い時期でした。それもあって、そのような映画館から、映写機から座席まで譲り受けてきたんです。 |
山口 | えええ! そんなことできるんですね! |
藤原 | どうせ廃棄するものになってしまうということで、快く譲ってくれました。だから、ウチにある映画の設備は映写機からなにからほとんどがもらいものなんです。
もっといえば、2年前にデジタルシネマ設備を導入するリニューアルをしたのですが、このときに椅子はまた交換しています。
こちらもこの後お話しすることになる川口(副支配人)が、閉館する劇場からあらためて譲り受けてきたものですね。 |
山口 | 静岡シネ・ギャラリーは、すごくDIYにあふれる映画館だったんですね。 |
藤原 | 周りの人たちにもたくさん助けてもらって、という面も強いです。映写機の操作を指導してくださった方が、すごくいい人で。
川口をはじめとしたスタッフを可愛がってくれる形で、映画の上映に関する技術をはじめとしたいろいろを教えてくれました。
だから、人との縁によって成り立ってるという部分もすごく大きいですね。 |
寺院だからこそこだわった名前と作品のテーマ
サールナートホールの運営元である宝泰寺は、少なくとも1500年代に復興された由緒のあるお寺さん。立派なお庭が静岡市中心部にある風景は一見の価値あり。
山口 | さまざまな形で文化を発信・築け上げようとなさってきた藤原さんですが、なにかこだわりのようなものはあるでしょうか? |
藤原 | 名前の「サールナート」というのは、仏教の開祖であるお釈迦様がはじめて説法をした場所。だから、「ここから文化を広げる拠点に」という理想を掲げるのにピッタリだと考えてつけたんです。開館当初からある、この考え方はいまでも変わりません。少し大逸れていますけど(笑) |
山口 | いえ、とんでもないです。シネ・ギャラリーのある3階の窓も特徴的なデザインですが、こちらもその名前や仏教とのかかわりがあるんですか? |
藤原 | 建物も静岡出身の建築家、高木滋生先生に頼んで設計してもらったのだけれど、じつはそのモチーフもサールナートにある「ダメークの塔※」。円の形を印象的に、レンガを使った造りはここからきているものです。円というのは円環、悟りの世界を表すもので仏教には重要な考え方ですから、そのあたりにもこだわりは持っています。 |
山口 | そうしたお考えは、上映される映画選びにも反映されているのでしょうか。 |
※ダメーコの塔:サールナートでお釈迦様が説法をしたのを記念して作られた仏塔。二重円筒の珍しい形の仏塔で、中からお釈迦様の教えが刻まれた石板が発見されているみたいです。
藤原 | 上映する映画は、「命」「生きる」ということは大きなテーマにしています。生きるというのは、なにも賛歌染みたことだけではなくて、「どうして生きるのは大変か」「いかに生きるべきか」といった主題も含めていて。
いろいろな作品を上映してはいますが、こうしたコンセプトや基準みたいのはすごく大切だと考えています。
上質な映画というのはもちろん、運営側がきちんと意図をもって作品選びをすることがこれからは求められるんじゃないかと思うからです。そうすれば、静岡シネ・ギャラリーは良作を出すところ、というイメージにもつながるはず。
もちろん、経営の問題もありますけれども、この大前提は外さないように作品を選ぶというのはブレずに続けていこうと考えていますね。 |
現在では館全体で、年間に7万人を超える方が訪れるというサールナートホール。しかし、開館からの道のりは決して平たんなものではありませんでした。
同ホールができた90年代。自治体や企業が中心に多くの文化施設を作るも、中身が伴わず運営に行き詰まるというところも少なくありません。
「箱もの行政」と批判を受けたこうした施設とは異なり、いまでも静岡で文化の発信拠点として根付くサールナートホールには、藤原さんをはじめとした運営側の「想い」が強かったからではないかと感じます。
藤原さんには、名前や建物、そして作品選びまでコンセプトを一貫して、運営していく同ホールの想いについてお伺いしました。次は、「どんな視点で運営をしているのか」という点について、文中にも登場した副支配人の川口さんと、同じく副支配人の海野さんに取材します。