元廃墟「金座ボタニカ」が描くいまとは
クリエイターを育てる金座のシェアオフィス
静岡の金融街として栄えた金座町の名を冠する「金座ボタニカ」。
かつては三菱商事の社員寮、時代の変革によって廃墟に、それを最低限の改修でアーティストロフト※へ。という波乱万丈な歴史を辿っています。
※アーティストロフト:アーティストとクリエイターの長屋。シェアオフィスのこと。
前回、金座ボタニカ代表の下山晶子さん(以下、下山さん)に、三菱商事の社員寮が生まれてから廃墟になるまで。そしてアーティストロフトへと再生するきっかけまでを伺いました。
ここからは過去から現在のお話し。引き続き代表の下山さんと、金座ボタニカの歴史を巡っていきます。
廃墟をアーティストロフトに再生するまで
金座ボタニカ 代表 下山さん
アーティストロフトとして再生を図った当時、サラリーマンでかつ家族もいた下山さんは、両立は難しいと会社を辞めることを決意。ただもうひとつだけ、金座ボタニカに集中しなければならない理由があったそう。
吉松 |
金座ボタニカに集中しなければならなかった、もうひとつの理由というのは? |
下山 |
なにかのネットワークを作らなきゃいけなかったんです。とくに入居する人のね。私は18歳で静岡を出ていますから、片手間ではそれができなかったんですよ。
誰かに入ってもらわないといけない、誰かに知ってもらわなきゃいけない、と思ったので、ただ建物を作ればいいってもんじゃないとも思いました。 |
2Fサロンスペース「Salon de Botanica」への通路。スピーカーや鉄製のドアなど社員寮の面影がそこら中に。
吉松 |
作っても誰もいなければ、また過去が繰り返されますもんね・・・。でもどのように入居者を集めたんでしょうか。 |
下山 |
最初期を助けていただいたのは、ここの改修を手伝ってくれた大工さんたちです。というより大工さんしかいませんでした(笑) |
吉松 |
え、大工さん? |
2Fから3Fへの階段から。昔の名残とアート作品が、不思議と調和しているような。
吉松 |
大工さんたちはたまたまアートなどに造詣が深かったんですか? |
下山 |
いえ、周りにそういう友だちがいたりするわけですよ。静岡ってなんだかんだ狭いじゃないですか。
東京であれば大工は大工さんだけ、っていうネットワークがありますが、静岡でやっている大工さんなら横のつながりがあるんです。 |
吉松 |
はーなるほど。 |
下山 |
そして大工さんには入居者が集まるまでは使ってていいよ、って提供しました。物々交換をしないとwin-winじゃないですからね。それで徐々に人が増えてきまして、いまのようになりました。
まあ、ハッキリいうと、昭和の時代に建てられた遊休資産を再生して、いまに合うようにアーティストとクリエイターの長屋にした。これ一行で終わりますけれど(笑) |
いまの金座ボタニカについて
3F通路。オフィスのほかギャラリーや古着屋、マッサージ店が並びます。もちろんオフィス以外は誰でも利用可。
吉松 |
それでは過去を乗り越えた、いまの金座ボタニカについて教えていただけますか。 |
下山 |
主にはシェアオフィスとして皆さんが使ってくれてまして、おかげさまでほぼ満室。業種もバラバラで多種多様。
そして多くの共有スペースを設けて、一戸一戸の垣根を築いていないので、それぞれの仲も大変いいです。 |
吉松 |
仲がいい。通路で会ったら挨拶をするくらいですか? |
下山 |
いいえ(笑)たとえば先日、中にいる女の子たちがサロンスペースで夜に飲み会をしてましたけれど、残業していた男の子をひとりずつ呼び出して、日ごろのうさを晴らしましょうとか。
急に誰かがFacebookでメッセージを回して、一人ひとりがお酒やお菓子を持って集まるとか、ってのはやってますね。当然ながらそういうのが苦手で参加してない人もいますけどね。 |
吉松 |
はー。仲がよくないとできないですね。それは。 |
2Fサロンスペース「Salon de Botanica」。打ち合わせや食事、イベント貸出など幅広く利用されています。
下山 |
だから隣が誰かわからない雑居ビルよりも、ここはすごく面白みがあるし、メリットもあると思う。 |
吉松 |
実際にそういうメリットを入居者の方から聞くことってあります? |
下山 |
だってみんな仕事を発注し合ってるもの。 |
吉松 |
あ、ビジネスの面でも。 |
下山 |
そう。ビジネスとしても横のつながりがあります。 |
吉松 |
すごい。 |
下山 |
あとね、入居者はサロンスペースでランチやミーティングができるし、上にはギャラリーがあるんですが、使っていないときは開放しているんです。
正確にいうと2時間はタダかな。あんまりタダにしてると家賃も安いですから、私が生活できなくなるので。 |
3Fギャラリー。取材時は富士宮のアートギャラリーと合同グループ展を開催中でした。ちなみに4Fにもミニギャラリーがあります。
吉松 |
あ、そういえば入居者の家賃はおいくらですか? |
下山 |
4万円に加えまして、8,000円のランニングコストです※。 |
吉松 |
え、ハチャメチャに安いですね。 |
※金座ボタニカの個室床面積は20㎡。およそワンルーム~1K。静岡市葵区における同間取りの家賃相場は5万5,000~6,000円ほど(2016年9月29日時点 参照:HOME’S「家賃相場情報」)。
金座ボタニカの“あり方”について
下山 |
そうかもしれませんね。ちなみにサロンスペースも貸出をしていて、外部の方だとウィークデー半日で3,000円、ウィークエンドで半日4,000円です。ランチミーティングとかで貸していますね。 |
吉松 |
ええ・・・それもかなり安いですよね。ほんとうに下山さんの生活が危うそうですけど。 |
下山 |
でもね、いろんな費用が安ければ、お金がなくてチャレンジできなかった人が「できるじゃん。それくらいのお金で」と考えるかもしれないですよね。
それもいいなと思ったんです。だってここは、なんてことない壊されるはずだったところで。
廃墟だったここが息を吹き返して、どういうよさがあるのかって考えたら、いわゆるソーシャルビジネスでありまして。そんな要素は自分のなかで意義のあるものにしなければって。ここがただのお金儲けのために存在していいわけがない、と思ったんです。 |
下山 |
だから私にとってギリギリのラインで、ここのお金は設定しています。そういうのは最初から決めていたんですよ。
周りの人から「環境や設備を踏まえても7万くらいはとれるよ」と言われていましたけど、以上の理由でやめましたね。 |
吉松 |
いやー・・・(言葉が出ない)。 |
下山 |
まあ、無理にお金を払わなければ、入居者は浮いたお金で事業発展を考えられるじゃないですか。アーティストやクリエイターがやがて大きくなってくれたほうが私は嬉しいんです。
それと無意味な苦労はしてほしくなくて。それはお金にまつわるところだし、最初のネットワーク作りじゃないかなと思っています。私がここを始めるときに、それで失敗しているのもありますけど。
だから結局は、私が親からもらったラッキーはみなさんのラッキーになったらいいなって、そういう理由ですかね。 |
めちゃくちゃに刺さりました。
お金は最低限の対価を設定するだけで、あとは誰かのやりたいをバックアップする。多くの共有スペースを設けて、一戸一戸の垣根は作らない。これは、お金にまつわるところと最初のネットワーク作りが、無意味な苦労だからだと。
三菱商事の社員寮から廃墟へ。そしてアーティストロフトに再生する過程で下山さんが得たものは、すべてここに集約されているんだと思いました。新しくなにかをやりたい人にとって、これだけ心強い存在はない気がします。下山さんはもちろん、金座ボタニカに入居している方も含めての話です。
ちなみに入居するには、下山さんのきちんとした面接を突破する必要があるそう。すでに入居している人が最優先、そしてここで成功してほしい、といった強い想いがあるからこその方針です。もちろん、一般の人が遊びに来る分には自由ですので、ぜひここの歴史や雰囲気を身体で体感してほしいなと思います。