オシャレタウン・恵比寿になぜ掛川茶?
「静岡園」のお母さんが私に教えてくれたこと
こんにちは、編集部の安藤です。
突然ですが、静岡県にお住まいのあなたはこの看板をご存じですか?
青々とした空、新緑の茶畑。いまにも静岡茶のやさしい香りがしそうです。
でも、先に言っておきますが、ここは静岡ではありません。
もう少し下がったところからみてみましょう。
掛川茶と書かれたのぼりに、住所を書いた板がみえましたね。
そうですね、もう少し、近づいてみたいと思います。
そう、正解は、東京都渋谷区恵比寿。平成28年7月某日、私は東京のオトナが集まるオシャレタウン、恵比寿へ遊びに来たつもりだったのですが……。
恵比寿で “ばかローカル”に出会いました
私が恵比寿へ来た理由をお話するにあたって、時間は静岡と掛川茶の文字をみつける、30分ほど前にさかのぼります。
ここは、オシャレに対するアンテナぴっかぴかな東京都民には、おそらくおなじみであろうJR恵比寿駅東口。
こうみえても、私はIT企業の社長です。ITベンチャーが集まる町・渋谷で商談を終えたあとすぐに、オトナのエッセンスであふれかえる恵比寿に遊びに来たのです。
それでは、なぜ恵比寿か。オシャレでイケてるアラサーになりたいという目標に近づくためのことですが、じつはポケストップ※がたくさんあるからだとは口が裂けても言えません・・・。
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さて恵比寿は閑静な住宅街でありながら、どことなくハイソでした。
東京にもこんな路地裏があるんですねぇ……。まるで、気分はアド街です。
ん? あれは、か……
か、か、掛川茶!!
東京の、渋谷の、恵比寿で、ばか※ローカルな雰囲気を醸し出す掛川茶ののぼりを見つけました。
このときは静岡のカルマが私についてきているのだと思いましたね。前世では、何があったのでしょうか?
※静岡の方言で「すごい」「とても」という意味。「頭が悪い」ではない。今回の場合、「とても田舎っぽい」という意味。
アパートのドアを開けると、静岡が広がっていました
静岡ローカル臭がプンプンするのぼりだとしても、きっと恵比寿のオシャレなエッセンスがあるはず。そう期待した私は、お店へ足を踏み入れましたが……。
お店の外も……!
入口も……!!
出迎えてくれたお母さんまで……!!!
東京に居ながらにして、静岡でも味わえないくらい、田舎を感じさせる雰囲気です。
いや、でも、恵比寿ならではのオシャレマジックの一環かもしれない……。
どうにもイメージを払拭できない私は静岡から来たことを伝え、いったいなぜ恵比寿で掛川茶ののぼりを出しているのか、お母さんに少し話を聞いてみることに。
じつは約60年続く東京の老舗お茶屋さんでした
すみません。ばかローカルな雰囲気に興奮して、お店の名前をお伝えするのを忘れていました。いま居るのは、渋谷区恵比寿にある「静岡園」さんというお茶の販売店です。ありがたいことに、4畳半の居間に座らせてもらい、お母さんのお話がはじまりました。
安藤 |
突然お邪魔してすみません。まず、お母さんのお名前を教えていただけますか? |
お母さん |
静子(しずこ)っていいます。静岡(旧・清水市)で産まれた子だから、親が静子ってつけてくれたんです。 |
静岡園のお母さんくらいの世代の方だと、年号や地名が名前になるのは珍しくないですよね。名前にも静岡が入っているのは、“さすが”というかなんというか……。
安藤 |
私の母親と同じですね! 母も、静子さんくらい元気が・・・(笑) |
面白いもので、人は共通点を見つけると親近感が湧くものです。最初は心なしか表情が硬かったお母さんも、元気に、熱心に話してくれるようになりました。経験上、名前に「静」が付く女性は100%おしゃべりです(偏見)。その予感が的中し――。
静子さん |
あら、そうなの!? 偶然ねぇ~。じゃあ、私も張り切っちゃうわ! 元々は、昭和31年に静岡から主人といっしょに東京へ出てきて、お茶屋さんを始めたのがきっかけなのよ。いま、デパートなんて言ったら笑われるけど、広尾食品デパートというものがあって、そこの一角に静岡園を出したのよ。 |
安藤 | そうなんですね……。じゃあ――。 |
静子さん | それでね。当時、いっしょにデパートをやっていた人たちは、福島とか田舎のほうだったから、少し都会寄りの静岡人の私たちがリーダー格みたいになってね。広尾食品デパートが閉店したのは平成15年12月31日なんだけど、そのときにはみんな静岡弁をマネするようになっちゃってたのよ(笑)ホントはお店も畳もうと思ったんだけど、お茶の問屋さんも続けろっていうし、県外から来てくれるお友達も続けろって言うのよねぇ。だから、恵比寿にあるアパートで主人とお店を続けてるのよ。 |
ごめん、お母さん。気持ちは嬉しいけど、少しペースが速いです……。
安藤 | そ、そうなんですね……。あれ、ご主人は? |
静子さん |
じつは、入院してるのよ! でも、先週、主人がスナックへ飲みに行ってハメを外しすぎてお店で寝ちゃったら、ほかの人が救急車を呼んじゃったんだけど、救急車が来た手前、帰るわけにもいかなくて検査入院しちゃっただけなのよ!!!(笑) |
お会いできず残念でしたが、ご主人も元気そうで何よりです(ちょっとだけ、心配して損した気もします)。
静子さんのお茶のこだわりはまさに静岡人でした
静子さんの軽妙なトークに聞き入ってしまいましたが、静岡園さんがオシャレタウン・恵比寿で掛川茶ののぼりを出している理由には、昭和31年からの長い歴史が詰まっていました。
静子さん |
ごめん、しゃべり過ぎちゃった(笑)お茶屋さんなのに、お茶も出さずにごめんなさいね。ちょっとお茶を準備するわ。 |
お茶の準備をしている間も静子さんはいろいろな話を聞かせてくれます。ただ、お茶を淹れ始めると静子さんの話の内容がガラリと変わりました。
静子さん |
冷たいお茶を飲むとき、冷蔵庫で冷やしちゃう人もいるでしょ。でも、熱いお茶を氷のグラスに注ぐのが一番おいしいと思うのよ。 |
そう言って、静子さんはゆっくりと熱いお茶をグラスに注ぎ始めました。グラスに5cmくらい注いだら止め、少し氷が溶けたらまた注ぐ。きっと、これが粋でおいしいお茶の淹れ方なんだと思います。
安藤 |
お母さん、本当にお茶が好きなんですね。そういえば、お店を畳もうと思ったって話をしていましたが、どうして恵比寿に引越してからも静岡園を続けているんですか? |
静子さん | 辞めようと思ったんだけどね。結局、自分がおいしいと思えるお茶を飲みたいし、ほかの人にも飲んでほしいのよ。
問屋さんからは、ずっと“私がおいしいと思うお茶”を仕入れていたし、何十年も付き合ってくれているお客さんにもおいしいお茶を飲ませてあげたいから。
お客さんが今でも100人くらいいるんだけど、一人ひとりにブレンドを作ってるわよ! |
安藤 | スゴい! お母さんがこだわり抜いたお茶がコレなんですね。 |
静子さんが淹れてくれたお茶は、まるで抹茶のように濃厚なのに、きつい渋みや苦みはありませんでした。まさに、緑茶のいい部分だけをギュッと詰めたような味です。静岡出身で、長年お茶屋さんを続けてきた静子さんだから、この味が出せるのだと思います。
静岡園は東京で暮らす静岡人に元気をくれるお店でした
少し帰るのは名残惜しいですが、次のアポイントの約束もあります。すっかり静子さんの軽妙なトークとおいしいお茶に魅せられてしまったので、こんなことを尋ねてみました。
安藤 | お母さん、また静岡園に遊びに来ていいですか? |
静子さん | 静岡に住んでいる人や静岡で暮らしている人たちが遊びに来てくれるのは嬉しいよ。のぼりを見て、「静岡が懐かしい」と思って遊びに来てくれる人も多いから。
私もしゃべるのが好きだからたくさんしゃべっちゃうし、身体の調子が悪いと話ができない日もあるけど、それでもよければおいしいお茶もあるから遊びに来てね。 |
お母さんは今年で85歳。ご体調がよい日とそうでない日があるみたいです。やさしい笑顔で話してくれましたが、そう言われるとちょっとさみしくなります――。
静子さん |
そうそう、あなたは社長でしょ! 何かと大変だと思うけど、静岡を頑張って盛り上げようって思う人は応援してるから! |
この恵比寿探索で、オシャレでイケてるアラサーに近づけたかはわかりません。
ただ、今年29歳になる私よりも100倍パワフルな静子さんは、みんなに元気を与えてくれる存在だとわかりました。ワガママかもしれませんが、東京で働いている静岡人や私のように東京へ出張する静岡人へ、いつまでも元気を与え続ける“お母さん”でいてほしいもの。
また、ご迷惑にならないタイミングでお茶葉でも買いに行ってみようかな。