静岡街中のベトナム屋台「chè(チェー)」
ビニールシートおおわれた恩返しの場所
ビニールシートでぐるりと覆われている、なんとも風変わりな外観の屋台「chè(チェー)」
ドキドキしながら中に入ってみると、おもしろい小物や本がぎっしりと詰まっている、まるでお部屋のようにアットホームな空間が広がります。
そしてchèには身体にやさしいおいしいごはんやお酒はもちろん、心にやさしいゆるやかであたたかな人と人の結びつきがあるんです。
屋台「chè」について
静岡市葵区の常盤公園近くにある別雷神社の裏にchèはあります。
入りづらい。
お店の入口をおおうビニールシート、夏は開けているものの、冬は寒くないようぴったり閉じています。
秋田県出身のchè店主 境佳孝さん
chèは一応「ベトナム料理屋」。これは店主境さんの奥さんが昔、ベトナム料理屋で働いていたことからです。
ベトナム人に「おいしいけど、ベトナムのフォーじゃない。これはもう『chèのフォー』」と評されたフォー。境さんが合うと思った具材がたっぷりと入った、ホッと温まるやさしいお味です。
でもオープン当時からなんでもありで、いまでもなんでもありな品揃え。境さん曰く「ジャンルにこだわっているわけではない。いつのまにかベトナム料理屋みたいになっていた(笑)」とのことです。
私自身がchèの大ファンで、1番よく行く居酒屋さんです。境さんのほがらかなお人柄、お客さん同士の心地よい距離感、ここでしか食べられないおいしいごはん。
おだやかであたたかい時間がゆったりと流れているところが、chèの魅力です。
「鎖のチェーン」から生まれる人とのつながり
岩本 | お店の名前「chè」の由来はなんですか? |
境 | じつは、「鎖のチェーン」からきていて。 |
岩本 | わあ、意外です。ベトナムの伝統デザートのチェーと思っていました。 |
境 | ね、それは後付け。鎖ってね、一見しばるような印象があるから、チェーンとはつけられない。
ただ静岡に知り合いが誰ひとりいないなか家族だけで来て、ひとりの人と知り合ったら、その人が知り合いを紹介してくれて、それがどんどんつながってこの場所を紹介してもらえた。 |
岩本 | 私も人からの紹介がきっかけでした。お店のことはよく伺っていたのですが、外観が入りづらいんですもん・・・(笑) |
境 | なんとかしたいよねぇ(笑) |
境さんの娘さんによる「『チェ』ではなく、『チェー』である。」
岩本 | でも、境さんは誰に対しても本当に分けへだてなくあたたかくてやさしいですよね。 |
境 | そうかなぁ。でも人を選ぶような人間にはなりたくないと思ってる、なんて言っちゃうと変だけどね。 |
岩本 | 先ほどのチェーンのお話のとおりで、たとえば常連のお客さんによるDJイベントのように、chèさんは「人と人のつながりや新しいことが生まれている場」だなと思います。※chèでは定期的にお客さんを巻き込んだイベントを開催している。 |
境 | どのお店にもそういうのはあると思うけど、自分が挑戦してみたいことを自分がやることで、ほかの人も一緒に初めての経験ができると思っていて。 |
境 | それで「素人のDJ大会をやろう!」って言ったのがきっかけで「もっとやってみたい」って声が大きくなって、「じゃあみんなでやればいいじゃん!」ってなった。もうね、ばかだからすぐ言っちゃう(笑)それこそさ、見事にこけたのが小説の話。 |
岩本 | 短編小説集を作ろうってお話、もう2年くらい前から言っていますよね?(笑) |
境 | うん、まあそういう風にね、すぐ「やろう!」ってなっちゃうもんだから(笑)でも「すぐ人を巻き込む」って言われて気づいた。楽しいからいいと思ってるんだけど。
むずかしく考えてしまうと取りかかれなくて、そのハードルを下げたい。一流のものを書いてって言ってるわけじゃなくて。「やってみる」ってすごくいい経験になると思う。 |
岩本 | 「やりたい!」って思ったら、すぐに実行する瞬発力と筋肉って大事ですよね。さらに「とりあえずみんなで楽しくやってみよう!」って境さんのスタンスだから、chèさんはおもしろいことが生まれる場所なんですね。 |
境 | 今度、みんなで陶芸しようってなっているよ(笑) |
“シャイ同士”の本気の会話
音楽好きでもある境さん。お店は常にすてきな音楽が流れています。
岩本 | お客さんと関わるうえで、境さんはどんなことに気をつけていらっしゃいますか? |
境 | 「うわべで話さない」ってこと。うわべで話すと確実にわかる。自分もわかるしね。 |
岩本 | なるほど。 |
境 | そう。だから本気で聞いて本気で話す。 |
岩本 | たしかに、境さんはいつも丁寧に耳を傾けて真剣に答えてくださいますよね。 |
境 | 思いもしないようなことを言うのって伝わっちゃう。本気で話していると、向こうも理解してくれる。仲良くなるのが早い。 |
岩本 | だからchèさんって、人と人の関係も境さんも本当にあたたかいですね。 |
境 | 秋田から来て、真っ先になにがほしかったかというと友達がほしかった。本当に(笑)こっちから愛を出さないと友達ってできないからね。 |
岩本 | 境さんのそういうスタンスだからか、みんなで自分の経験・興味とか、各々のアンテナでキャッチしたことをシェアする場になっていますよね。 |
境 | なってる。なってると思うし、お客さんたちがそういうのを自然とやってくれる。 |
岩本 | でも境さんを含めてお客さんたちも、ガンガン話しかけてくるわけではないですよね。私は、その距離感が心地よくて好きです。 |
境 | 自分もそうだしお客さんもそうだと思う。シャイな人が多い。がっつりいかないし、やられたほうの気持ちがわかる。適度にさわりで関わっていく人が多い。すごく素敵。でもみんな会話ができるっていう。みんなかわいい(笑) |
岩本 | ふらりと人と人が出会って、そのとき自分が持っている考えや感覚をシェアしてと、そんな風にゆるやかであたたかい結びつきがありますね。 |
おだやかな恩返しの場所としてあり続ける
岩本 | 2018年でchèさんが9年目に向かっていて、だんだん10年という数字が近づいていますが、今後どんな場所でありたいですか? |
境 | どういう場所かぁ。基本ね、おだやかな場所であればいいなって思う。上の世代の人たちと下の世代の人たちの両方と関わることができて、上の世代の人たちは自然と若い人たちのお世話をしてあげて。
若者の年齢があがったときに恩返しをその人たちにするじゃなくて、さらに下の世代の人たちに回すということを当たり前にできるような人たちが集まればいいなって思う。 |
岩本 | 上の世代から下の世代に恩を回していく。 |
境 | そう。自分もいろいろ先輩とか上司とかにいっぱいよくしてもらって、「その恩返しをどうやって返していけばいいんだろう」と悩んだときに、「下にすればいいんだ」と気付いた。
それが上の人が1番納得する恩返しだなぁって思った。それはね、たまたま自分で気付いたんだけど有名な話らしい(笑) |
岩本 | 上の世代の方が下の世代の方をお世話して、その恩返しとしてさらに下の世代の方たちのお世話をする。それを実践できるchèさんという場所があるってすてきです。 |
境 | そこも恵まれている。そういう場になれているのはありがたいなと。 |
岩本 | 人と人が結びつく、恩をどんどん上から下へバトンタッチで回していくって、chèさんと言う場所をよくあらわしています。 |
境 | そんな、えらそうなこと言えないんだけどねぇ(笑) |
岩本 | 全然えらそうじゃないです! 境さんのそういう思いがあるから、chèってやさしくてあたたかい場所なんだなって納得しました。 |
境 | そういう人たちが来てくれればいいなぁ。 |
ビニールシートの中に広がるのは、境さんが守る「恩返しの場所」でした。おいしいごはんとお酒を楽しみながら、chèさんでおだやかでやさしいひとときを過ごしませんか?