映画と地域をつなげて楽しむ「SUAC映画祭」
一風変わったワークショップの狙いとは
空想の世界にひたれる映画。配給会社と制作会社の見慣れたロゴとオープニングテーマが流れ出すと、なんとなくがすべて美しく見えるように。でも、ひとたびスタッフロールが流れて、ポップコーンの空き箱をゴミ箱に放り込むころには、一気に現実に。
それぞれひとつの楽しみであり区切りでもある瞬間ですが、一方でどこか「もう少し、この体験を拡大できたら・・・」なんて感じてしまうことはありませんか?
じつは、そんなイベントが2017年6月より静岡県は浜松市の静岡文化芸術大学で始まりました。
その名も「SUAC映画祭」。不定期で半年おきの開催を目指すという体験型のイベントですが、いったいどのようなイベントなんでしょうか。映画といえばおなじみのmiteco編集部、山口が6月3日(土)に行われた同イベントに参加してきました。
静岡文化芸術大学は山口の母校。駅から徒歩15分という立地なのでアクセスもしやすいのがうれしいところ。
ちなみにSUACとは、静岡文化芸術大学「Shizuoka University Art & Culture」の頭文字を採った略称。聞きなれない人もいるかもしれませんが、同校の生徒や関係者であればむしろ呼びなれた名称です。
なにしろ校名が長いですから。
通な映画が6作品も! 「気になる映画」が目白押し
上映会場入り口(文化・芸術研究センター)
SUAC映画祭は有志団体による活動で、初回にあたる今回はSUAC内の西エントランス、瞑想空間を利用して上映およびワークショップを開催していました。ワークショップは各上映回の終了後。まずは、映画を観ることからはじまるわけです。
今回、僕が鑑賞したのは2014年、『ナイトミュージアム』シリーズへの出演で知られる俳優・監督であるベン・スティラーの監督兼主演作品で、日本では単館系シアターを中心に上映された『LIFE!』。
『LIFE!』あらすじ
主人公のウォルターが写真のネガを管理する部署にいる、伝統的フォトグラフ雑誌『LIFE!』が不振で廃刊になる。そこで最後の表紙となるネガをカメラマンが送ってきたのだが、ウォルターが見てみるとそこにはカメラマンが「最高傑作」と話していたフィルムが入っていない。そこで、そのネガを受け取るためにウォルターはネガの保管室を抜け出し、彼を探して世界中を飛び回ることに・・・!
作品自体も、世界中の美しい景色とウォルターの持つ妄想癖のカットで幻想的な映像が映し出されるうえにテンポ感もよく、個人的には好きな映画。
扱うのがフォトジャーナリズムの雑誌ということもあって、「足を使うことがいかに大切か」というのも笑いのなかに閉じ込めてくれていました。
上映スペースはこんな感じ(西エントランス側)
SUAC映画祭では、そのほかに同時上映した作品が全部で6作品! 学生が選定して上映していると考えるとかなり気合いの入った本数です。しかも、そのどれもがちょっとマニアな作品で、なかには日本では公開されていなかったようなフィルムもありました。
映画好きが思わず「え、これやるの?」とびっくりしてしまうようなものもあって僕も驚き。上映設備はといえば、もちろん映画館でみるようなサラウンドやふかふかの椅子、というわけにはいきませんが、2時間ちょっと座っている分には十分な設備でした。
映画を観るだけでなく追体験することを目的とした「SUAC映画祭」
このイベント、じつは「映画に登場してきた特徴的な各国のグルメを食べながら劇中で扱われたものを実際に作ってみる」ということをコンセプトにしています。
グルメは今回お菓子がメインで、浜松市内にある東海調理製菓専門学校さん協力のもとで実現。非売品なのでここでしか食べられないというのも、このイベントのおいしい魅力です。
こちらは今回僕が観た『LIFE!』で実際に登場したクレメンタインケーキ
ワークショップは作品ごとに内容が異なっていました。『LIFE!』では、実際に登場した写真雑誌『LIFE!』を作ってみようというコンセプトで、写真を撮ってそれを紙面に模したプリントへレイアウトしてみるというもの。
しかもこれ、作ったあとに自宅に郵送してくれる特典付き! ワークショップの記念が残るというのは特別感が違います。映画のワークショップというだけでも珍しいのに、これは嬉しい計らいでしょう。
そのほかのワークショップでは、たとえば『やさしい本泥棒』という作品の場合には「本を読みたくなるしおりづくり」、エチオピアのコーヒー農園を舞台にしたドキュメンタリー映画『おいしいコーヒーの真実』では、「フェアトレードについて考えるワークショップ」といった具合。
映画はもちろんワークショップの趣向もそれぞれで違うので、自分の気になるワークショップから作品を選ぶなんていうのも楽しそう。
ワークショップは¥500、上映だけの場合には無料で参加できる大盤振る舞いにしては、作品の凝り具合もワークショップで出されるお菓子もきちんとしすぎてる・・・。
いったいどんな意図がこのイベントにあるんでしょうか?
地域振興を映画でおこなう「アート・マネジメント」への挑戦
というわけで、今回のイベントの主催者である米倉希さん(文化政策学部 芸術文化学科2年)にSUAC映画祭の開催の経緯についてお伺いしてみました。
米倉 | 私がリーダー的な立場ではあるんですけれど、じつは私発案ではなくて・・・。というのも、たまたま先輩に「映画祭を学校でやれたら」というアイデアを持っていた方がいて。
ただ、その方はあまり映画に詳しい方ではなかったというので、映画の選定について誰か詳しい人はいないか探していたんです。
それで「あ、私映画好きです」という感じで手を挙げて、そしたら人も集まってくれて実現できたというのが大まかな流れですね。 |
山口 | 最初から米倉さんが、というわけではなかったんですね。 |
米倉 | そうですね。でも、私自身もせっかくSUACに入って、「地域の交流をなにかしらの形でやってみたい」という気持ちは持っていたので、このアイデアを聞いて「これだ!」となりましたね。
私の好きなことだし映画を使えば面白いことできるんじゃないか、という気持ちもありました。 |
山口 | そこからメンバー集めになるんですね。 |
米倉 | やりたいことだから手を挙げたものの、「これはひとりでやるのは難しいだろうな」と感じました。
そこで、一緒にやってくれる方を募集しようと考えていたんですが、「映画×地域」というジャンルに対してどうやって人を集めたら・・・と思っていたんですね。
そしたら、ラッキーなことにその時期に授業で「好きな映画」について話すグループワークが開催されたんです。
ここで、そういうイベントのアイデアがあることを話したら、最初のメンバーが集まりました。 |
山口 | ちなみに映画が好き、とのことですが、今回のSUAC映画祭って日本初公開だったり、ミニシアター系の作品が多かったりする印象です。
もともと、こうしたちょっとニッチな作品を好きだったんでしょうか・・・? |
米倉 | いや、それがですね。私が好きなのはアクション映画とアクション俳優でして・・・。『トランスポーター』シリーズのジェイソン・ステイサムとか。 |
山口 | おっと。すごく意外。 |
米倉 | あ、もちろん今回上映したような作品も観ますけど・・・。 |
山口 | とにかくその話をしたら仲間が集まったんですね。 |
米倉 | そうです。この学校で学ぶ「アート・マネジメント」というジャンルも1年生だったので知識はあまりなく、とにかくやってみようみたいなところが強かったですね。
半年くらいじっくりと内容を詰めながら考えていきました。
そのあいだにメンバーも増えてきたり、上映作品が決まってきたり・・・。実際にやろうとなってから決まったことも多いですね。 |
大学内外との交流をする目的でできたワークショップ
ワークショップ内では『LIFE』誌そのものも紹介。こうして実物を見ると一気に映画と現実がリンクします。
山口 | SUAC映画祭は映画はもちろんですが、ワークショップを同時に開催することにも特徴がありますよね。
映画に登場するお菓子を実際に食べられたり、作品内で扱われたものを実際に作ってみたり・・・。この発想はどのようなところからきたのでしょう? |
米倉 | ただ映画を上映するだけでは、ちょっと面白みがないというか・・・。
このイベントのテーマは「大学内外の交流を活性化させる」ことだったので、そこにつなげるためには映画を観るだけでなく「観たあとになにをするか」が大切だなと思ったんです。
みんなで話し合った結果、「映画と○○を掛け合わせてみたら面白い」と。それでまずはお菓子が、とくにSUACは国際文化学科があるので、さまざまな国のお菓子を出すことが決まりました。
そのうえで、映画に登場するものに取り組んでみるという大枠が決まったような感じです。 |
時代時代の有名人が取り上げられた『LIFE』誌。こちはらジョン・レノンが表紙のもの。
山口 | ワークショップありきで上映する映画も決めたような流れですか? |
米倉 | そうですね。「世界のお菓子」というのがあったので、いろいろな国の映画を流すこと。さらに、ワークショップに落とし込めそうなものを探すといった感じでした。
あとは、やはり上映をするのにあたって配給会社さんから上映用のDVDをお借りするんですが、そこで発生する費用面からも検討を進めていって、という形ですね。 |
山口 | あ、なるほど。だからインディペンデントな作品が・・・。でも、こうしてとても素敵な作品が集まりました。かなり観たんじゃないんですか・・・? |
米倉 | かなり観ましたね。びっくりするくらい。でも、映画は好きだったのでつらくはなかったですよ。 |
年に2回の開催を目指すSUAC映画祭からのその先に
山口 | 今回、はじめての開催となりましたが今後はどのような展開を考えていますか? |
米倉 | 開催までにメンバーも増えて地域連携の授業の一環としてできるようになったこともあって、もっと大きな輪でやれるようになれればと考えています。
ただ、費用面や準備期間を考えると毎月のようにやるのは難しいので、半年ごとに開催できたら理想ですね。 |
山口 | では、次は秋か冬になりますかね? |
米倉 | 11月か12月か・・・。それまでにもっといろいろな情報を仕入れて、今回よりもさらに面白くできたらよいですし、より多くの人に知ってもらえたらと思っていますね。 |
山口 | なるほど。「地域連携」というワードが出ましたが、この活動は学内のみでなく外にも広めていきたいというお話でしたね。 |
米倉 | 浜松は木下恵介監督の出身地で記念館があって、そこには上映設備も整っていますし、そこからすぐ近くには鴨江アートセンターもありますし・・・。
まだまだ着想の段階ですが、こうしたところにもつなげられたらアートを使って地域に貢献できるのかな、と考えています。 |
山口 | 静岡をちょっと元気にしたい、というのはmitecoの想いでもあるのですごく嬉しいです。いずれは浜松市だけでなく静岡市や他の市町村などより大きな活動になっていったら・・・。なんて思ってます。 |
米倉 | ありがとうございます(笑)どこまでできるかわかりませんが、今回やってみてとても楽しかったですし、来てくれた方にも同じようにおっしゃっていただけたので、そこは頑張ってやっていきたいですね。 |
地域と大学をつなげるアートやワークショップ。そういう取り組みを学生同士のアイデアで挑戦していくというのは、月並みですが素晴らしいことだと感じました。SUACが浜松にあるひとつの意義なのかもしれません。
米倉さんの最後の言葉にもありましたが、浜松市は松竹ヌーベルバーグの旗手でもあり、黒澤明監督などとともに日本映画界を盛り上げた故木下恵介監督の出身地でもあります。
映画では、作り手側と観客が同じ場所と時間を共有することはなかなかありませんが、こうしてワークショップという形で結びつけることは、新しい視点を日常生活に持ち込むきっかけになるんじゃないか。
さらに、それが映画にゆかりのある土地であれば、さらに面白い活動につながるのかも、なんて想像してみたり・・・。
次回のSUAC映画祭は、12月初頭の予定。さらに、11月下旬にもプレイベントを予定しているのだとか。テーマは「シルクロード」ということで、アジア系の映画も取り上げられるのかな、とちょっとフライング気味に気になっちゃってます。
でもそれくらい映画好きの参加者としては、次回もぜひ足を運んでみたいと思わせるイベントでした。映画好き、ちょっと変わったワークショップを体験してみたい。そんな方はぜひ、TwitterやWEBサイトをチェックしてみてください。