静岡で歩み続けたTHE WEMMER
バンド活動11年で見えたものとは【前編】
こんにちは、編集部の山口です。みなさん、週末に結構な頻度で訪れる場所ってありますか? 行きつけのバーやカフェ、スポーツジム、アイドルの現場・・・。いろいろなものがあると思います。でも、高校生時代から毎週末のようにライブハウスのステージに立っている、なんていう人はちょっと珍しいかもしれません。
じつは、ここ静岡には毎週末のようにライブハウスのステージでパフォーマンスし、若者を惹きつけているロックバンドがいます。その名も「THE WEMMER」。今年で、11周年を迎えるベテランバンドです。でも、彼らは25歳。いったいバンドと一緒にどれくらい濃密な時間を過ごしてきたのでしょうか?
これから2回にわたり静岡のバンドTHE WEMMERの「これまで」、そして「これから」について紹介。前編は、彼らの11年間の活動のうち、最初の5年間を追います。
あらためてTHE WEMMERってなんだ?
取材場所はBa.Voのロッキー行きつけのアイリッシュバー「13アンカーズ」にて。
彼らがTHE WEMMERです。
左からロッキー、デストロイ、松本。
THE WEMMER
2006年静岡市立大里中学校の同級生で結成。静岡県内を中心にライブをしまくり、2012、2013年にはアメリカツアー、2014、2016年には静岡街中のライブハウスをジャックしてのサーキットフェス「FEVER OF SHIZUOKA」を成功させる。静岡県内のバンドマンでは知る人ぞ知るロックバンド。Ba.Voのロッキーは、mitecoでもゲストライターとして活動中。ロッキーの記事一覧
山口 | 今日はお忙しいところありがとうございます。そして、結成11周年! おめでとうございます。本日は、よろしくお願いいたします! |
ロッキー | ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いします! |
山口 | さて、「THE WEMMERってどんなバンドなんだ?」っていうのをテーマに、あらためて3人から話が聞ければと思っていまして。結成11周年ですけど、もしかしたらいまのTHE WEMMERを知っている若い静岡のロックキッズたちは、その生い立ちを知らないかもしれない。
たとえば、この前たまたまFORCE※であった子には「THE WEMMERって、最初からふんどしのドラマーさんだったんですか?」みたいに聞かれて、「あ、でもそうなるよね(笑)」って。 |
デストロイ | えー・・・。でもまあ、しょうがないですよね。 |
山口 | ね(笑)そんなところも含めてお話しをお伺いできればと思います! |
ロッキー | よろしくお願いします! |
※FORCE:浜松FORCE。浜松有楽街のなかにあるライブハウス。筆者はよく足を運んでいる。
はじめて人前で演奏したのは『大切なもの』 THE WEMMERのスタート
山口 | まずはやっぱり「どうやってこのバンドはできたの?」ってところを聞きたいです。結成のきっかけというか。中学の同級生であることはよく知られているけど、実際のところ誰がどんな感じで誘ったのが始まりだったのかな、と。 |
デストロイ | あー。あんまり出てないですよね。そういうの。もう、事の発端でいうと、それはギターの松本さんですよ。 |
松本 | 兄がバンドやってて、それ見てやりたくなったっていう・・・。 |
山口 | よくあるコース? |
松本 | よくあるコースですね。自分はギターが弾きたかったんで、それはもうすぐにはじめて。じゃあほかのメンバーだ、と。 |
山口 | それで、ふたりを誘ったの? |
ロッキー | そうそう。まっつ(松本)は、そのとき同じクラスで、一緒に帰る友達みたいな。ある日、まっつの家に行って、ベースがあったからそれ弾いてみて「あ、いけるんじゃね?」って(笑)
そんでアマ(デストロイ)は、「あいつ、ゲーセンのドラムのやつ、うまかったなたしか・・・」って思って声かけて。そんでいまは別のバンドをやっている同級生がもうひとりいて。 |
山口 | あ、最初は4人だったんだ? |
ロッキー | そうですそうです。その同級生の男の子がボーカルで。それで大中(大里中学校)の文化祭に出るんですよ。これが初ステージっすね。 |
山口 | このときはまだ自分たちの曲ではなくて・・・? |
ロッキー | いや、もう全然。コピーで、ロードオブメジャーの『大切なもの』をやりました! 男らしく1曲勝負(笑) |
こんなに盛り上げるライブをする彼らも、スタートはコピーだった。
山口 | ハハハ! もう、めちゃめちゃ普通というか、めっちゃありがちコースなんだなあ。 |
ロッキー | そうっすね。もうめっちゃありがち(笑) |
松本 | 次の年(中学3年)も文化祭に出るんですが、このときにはじめて「THE WEMMER」という名前が付きましたね。 |
ロッキー | そうだったそうだった。文化祭のSE※で「マキシマムザホルモン」流して(笑) |
山口 | それで高校進学となるわけですけれども、このときに離れ離れになるんですよね? メンバーが3人になったのはこのころですか? |
ロッキー | そうです。中学のときにも、3人以外はパートも含めてちょっとずつ変わるんですけど、たとえば高校へ行ったときは5人のバンドで。でも、部活に専念したい、自分のほかのバンドを頑張りたい、というので抜けていって3人に。 |
山口 | 環境もメンバーも変わっても、「続けよう」という気持ちは3人のなかで明確だったんですか? |
デストロイ | 中3の文化祭もそうだし、じつは卒業までにライブハウスへ出演もしていたんですが、そのときに「ライブで人に聴いてもらうって、こんなに楽しいんだ!」っていう単純な初期衝動が。そこへの憧れが強くてとにかくライブがやりたかったですね。
だから、辞めるというのはあんまり考えなかったし、いまに至るまでほぼ一度も考えたことがないですね。 |
松本 | うん。危機みたいのは一度もない。 |
※SE:ステージに上がる前に流れる転換曲。固定した曲を持つバンドも多い。
高校時代のウェマーの初代ボーカルは・・・!?
いま、THE WEMMERでメインボーカルを務めるのはBaのロッキー 写真提供:ウノマサキ
こうして高校へ進学したあとも、THE WEMMERはライブハウスへの出演を重ねていきます。高校1年生の夏ごろには自分たちで全部作った曲でライブをおこない、静岡市での知名度を徐々に上げていきました。このころにこなしたライブは、なんと年間で80本を数えるといいます。つまり、高校3年間で240本・・・。恐るべしTHE WEMMER。
山口 | それだけ精力的にこなしていくわけだけど、ひとつ疑問が・・・。 |
ロッキー | はいはい。なんでしょう? |
山口 | 僕が高校生のころサナッシュにライブに行って、THE WEMMERを観たことがあるんだけれど、そのときはたしかアマがボーカルをやっていたんですよ。そのあと僕は大学で浜松へ行ってしまうので、間が空くんですが、次に見たらメインボーカルはロッキーになってたという・・・。 |
デストロイ | 俺が歌ってましたね。たしかに。メンバーがいろいろ変わって、ボーカルがいなくなっちゃったときに「誰が歌う?」って話になったんですけど・・・。あ、厳密にはまっつが最初にやってます(笑) |
松本 | そうなんですよ。でも、1回のライブで心が折れた(笑) |
ロッキー | 「ギター弾きながら歌うなんて無理だ!」ってね(笑)なんでだよって話ですけど。それで、「ドラムが歌ったら面白いんじゃないか」っていう話になって、アマが担当するようになって、それで気づいたら僕が歌ってました。だから、僕は3代目ですね。全員同じメンバーだけど(笑) |
現在でもいくつかの曲ではデストロイ寿之がボーカルを担当。
憧れの先輩バンド「SKULL SHOCKER」
当時はまだまだ若手のバンドだった彼ら。ライブは先輩から誘われて決まることも多く、なかでも静岡で絶大な人気を誇った「SKULL SHOCKER」は、音楽性でもTHE WEMMERに大きな影響を与えていました。
山口 | THE WEMMERって当時からロックンロールが主体の音楽性だったなあ、って思うんですが、高校時代にやった曲はロードオブメジャー。「意外に時代にまっすぐだ」って感じました。ロックンロールを好きになったのはいつなんですか? |
ロッキー | もともと聴いていたのはあったし、当時は少しロックンロールがトレンドになりつつあって。 |
山口 | THE BAWDIESとか50回転ズとかね。ちょっと波があった。たしかに。ただ、どっちかというと、「シモキタ系※」が流行ってて、僕も含めてMP3プレイヤーでの登下校中は、アジカンとかエルレとかを聞いてたんだけど・・・。 |
ロッキー | ですね。なにかの影響って意味では『ROCKERS』※は大きいですね。あれ観たときに、「うわ! めっちゃカッコいい」って思いましたもん。 |
デストロイ | あとは、SKULL SHOCKER※の影響もありましたね。 |
山口 | SKULL SHOCKER! もう、あのときは静岡を代表するバンドでしたね。熱がものすごかった。当時ってそういえば、静岡のライブハウス行くと、かなりの確率でロックンロールだったかも。 |
ロッキー | すごかったですね。絶対売れると思ってましたもん。みんな、あのバンドに憧れてた。 |
デストロイ | 兄貴分なバンドでしたね。まっつにいたっては本当に兄貴がいたわけだけど。 |
松本 | まあ、そうですね。自分がバンドを始めたきっかけでもあるバンドなんで、いまにして思うとずっと追っかけてたなあ、と感じますね。 |
ロッキー | 静岡のティーンズバンドはみんなそんな感じでSKULL SHOCKERに憧れてたから、静岡ではロックンロール自体も珍しくはなかったですし。それこそ当時流行ってた「スーツ着てライブ」みたいのもありましたね。僕たちもやってた(笑) |
山口 | え! それは知らなかった。 |
ロッキー | これはねえ、レアですよ(笑) |
そんなレアな時代が奇跡的に動画に残ってました。いまのファンからするとかなり驚きのハズ! というかみんな若い(笑)※音割れします。注意してください。
※『ROCKERS』:陣内孝則が監督を務めた2003年公開の映画。陣内がやっていたロックンロールバンドの実話を基にしている。
※シモキタ系:下北沢のライブハウスを中心に活動をするギターロックバンドの総称。Asian Kung-fu GenerationやELLEGARDEN、ストレイテナーなどが有名。
※SKULL SHOCKER:静岡市で活動していたロックンロールバンド。テレビへの出演やサナッシュのワンマンライブ成功など、当時圧倒的な活躍をしていたが、2008年に惜しまれつつ解散。
憧れのバンドの解散と夢のバンドとの共演
山口 | そんなSKULL SHOCKERは、勢いもあったんだけど解散してしまうんですよね。 |
デストロイ | 僕たちが17か18のときでしたね。なんだかんだの事情は知っていたので、ショックはそこまで大きくはなかったんですが、出来事として大きかった。 |
松本 | 僕はそんな事情(兄が在籍していた)もあったんで、ただただ寂しかったですね。 |
ロッキー | 「うわ、これはどうしよう。困った」って僕は思いました。尊敬していた先輩だったので、道しるべがなくなったような。 |
山口 | サナッシュを満員にするほどのパワーがあったわけだから、その喪失はたくさんライブやっていたようなTHE WEMMERにとっては大きいですよね。 |
ロッキー | で、じつはこの時期にキンブラ※とのはじめての対バンをやらせてもらったんです。 |
山口 | あ、そうなんだ。高校生なのにすごい! |
ロッキー | そうなんですよ。高校3年生だったんですけど、全然取り合ってもらえないだろうって思いながらメールしたら意外に来てくれて。
終わりと始まりじゃないけど、SKULL SHOCKERという大先輩がいなくなって、次に憧れとなるKING BROTHERSに出会えたんですよね。 |
※KING BROTHERS:兵庫県西宮市で活動するベースレス3ピースバンド。圧倒的パフォーマンスで知られる。詳しくはmitecoの記事で。
THE WEMMERといえば、見る人を惹きつける圧倒的なパフォーマンス。KING BROTHERSからの影響もあるとか。 写真提供:ウノマサキ
山口 | タイミングとかも含めて、うまいことかみ合ったような感じですかね。 |
ロッキー | そうですね。そんな感じがします。 |
辛すぎた全国ツアー
デストロイ | で、すぐに全国ツアーだよね。もうめちゃめちゃ辛いやつ。 |
山口 | あー! 当時話題になったやつだ。青春18きっぷ、鈍行での全国ツアー! |
ロッキー | それです。夏休みを使って高知まで鈍行で行って・・・。 |
デストロイ | 思い出すのも嫌だし、二度とやるかって思ってますね。 |
山口 | 僕自身は、当時そのニュースを見て「おお。すげーな」って思ったの覚えてます。高校生くらいのころって、まだまだ行動範囲が狭いし視野もないし。だから、3人の鈍行でも「ええい! 行ってやる!」みたいな行動力ってすごいな、って本当に素直に尊敬しました。 |
ロッキー | いやいや。勢いで行って・・・いまのこのテンションでわかると思うんですけど、楽しかったですけど、もう、ほんとに辛くて・・・。 |
デストロイ | もはや苦行のレベルだった。 |
松本 | 最終的に先輩のバンドに岡山に置き去りにされるんだよね・・・。 |
山口 | ええええ!? |
ロッキー | この全国ツアーは四国まで行けば、先輩が車で連れってくれるというんで、実現したんですけど。最終日に岡山でライブやって、あとはもう帰るだけのところで先輩たちが「じゃあ、俺らも帰るから、あとがんばれよ!」って・・・。もうしょうがないから岡山で野宿して・・・。 |
松本 | しかもめちゃめちゃ寒くて。8月なのに。 |
デストロイ | 雪降ってて(笑) |
山口 | 雪!? |
ロッキー | そうなんですよ。いま考えても意味がわからない。 |
バンド活動をやり切った高校時代! その先で待っていたものとは
高校3年間で200本以上のライブをやり、キンブラと対バンして、全国ツアーも回ってノリにノっていたTHE WEMMER。いよいよ高校卒業の時期を迎えますが、「東京へ出る」ではなく地元で活動を続けることが既定路線でした。
山口 | いよいよ高校も卒業じゃないですか? このときの進路みたいので悩んだりはありましたか? |
松本 | いやあ。俺はもうフリーターになることしか考えてなかった(笑) |
デストロイ | 俺はすでにフリーターだったので現状維持。 |
ロッキー | 僕は県内の大学へ進学しますね。でも、なにか勉強しようとかじゃなくて、「大学へ行けばあと4年間はなにも考えずにバンドできる」っていう発想で。これ自体、なんも考えてないですね(笑) |
山口 | (笑)でも、この時期には静岡を代表するバンドのひとつに立派に成長していますもんね。わざわざ東京、という考えもなく「静岡に残る」を選択した感じですかね? |
デストロイ | うーん。残るを選択したというより、「出るっていう選択肢をそもそも考えてなかった」が近いですね。 |
山口 | あれ? そうなんですね。活動的にはどうでしょう? |
ロッキー | いやあ。暗黒時代なんですよ。18から20の時期って。 |
・・・暗黒時代? THE WEMMERからもっとも遠そうな単語が出てきた。静岡を拠点とするバンドとして、20歳を迎え、さらにアメリカツアー、FEVER OF SHIZUOKAの開催へとつながっていくわけですが、そこに至るまでにどんないきさつがあったんでしょうか。
後編はロックンロールに憧れた3人が、大人になって見えてきたもの。その濃密な時間をお届けします。
<後編へ続く>
ちなみに、今回の前編でTHE WEMMERの結成から5年間を追いました。じつは今年の年明けから発売開始したアルバムは、これまでに発表した曲を制作した年ごとに1曲ずつ収録しています。つまり、前編で前半5曲分。ぜひ、記事を読んだあとには音源で振り返ってみてください。