静岡シネ・ギャラリーが目指すのは「公園」
地方でミニシアターを続ける大切さとは
こんにちは、編集部の山口です。先週に引き続き、静岡シネ・ギャラリー(サールナートホール)へ取材に来ています。前回は、同ホールの支配人であり、発起人として立ち上げから運営に携わっている、宝泰寺のご住職、藤原さんにお話ししていただきました。
さて、ここからはサールナートホール3階にある「静岡シネ・ギャラリー」で、実際に配給する映画を決めたり、上映スケジュールを考えたりする副支配人のおふたりにお話しを伺っていきます。
ミニシアターとして、運営を10年以上続ける静岡シネ・ギャラリーでは、いったいどのような取り組みをしているのでしょうか? またどのようにして上映する映画を決めているのか、そんな映画館の秘密についても触れてみます。
「見たいけれど、見れない」というお客さんがたくさんいたから成り立った映画館
向かって左側が海野さん、右側が川口さん。
山口 |
本日は、お忙しいなか、取材を受けていただきありがとうございます。さっそくなんですが、シネコンとの差別化、静岡シネ・ギャラリーさんが運営で気を付けていることはなにかありますか? |
川口 |
まずひとつとしては、「この街で流れていない映画を上映する」というのがあります。シネコンさんでは、メジャーな作品を中心に次々に上映していくのが常ですけれども、それだけだとあぶれちゃう作品があるじゃないですか。
それを私たちが上映する、と。この映画館がなければ上映されていない作品がいくつもあった、という場所にしています。そして、それを受け入れてくれるお客さんがきちんと静岡にいたから続いたと思います。じゃなかったら、多分すぐつぶれてた(笑) |
海野 |
うん(笑)東京をはじめとした大都市のミニシアターというと、劇場のカラーというのを明確に打ち出して差別化しているところが多いんですね。ただ、静岡くらいの規模だと、それよりもお客さんに合わせることが大切かなぁと思います。 |
山口 |
ははぁ。なるほど。静岡シネ・ギャラリーは、「ほかの近くの映画館では、やっていない作品を上映する」「お客さんのニーズに合わせて映画を決める」というふたつの軸で運営なさっているんですね。 |
海野 |
「あれが見たいのに見れない」という映画好きな方はたくさんいたと思うんですよ。それで、そういう声を拾って、上映作品を編成すると自然とこうなったというところが強いです。そういう意味では、東京のように「映画館ごとの色」というよりも「静岡市の色」が反映されたのが静岡シネ・ギャラリーだと思います。 |
川口 |
そうですね。これは、ほかのローカルのミニシアターも似たようなところがあると思うのだけれど、静岡はとくに映画が好きな人が多かったんじゃないかと。だからこそ、続けられたというところだと思います。 |
作品選びでも「リクエスト」はすごく大切
山口 |
お客さんの見たいを提供する、というお話しが出ました。上映作品の選定ではどのような方法を採り入れているのでしょうか? |
海野 |
僕らがコントロールするというよりかは、本当に教えてもらっている、というような状態かもしれません。
ある作品を「これは男性向けかな?」と思いながら上映してみたら、意外に女性客のほうが多かったり、マニア受けかと思いきや、若い人も多く来たりとかということも多いです。
それを繰り返しながら、僕たち自身も「お客さんの目線で作品を観る」という視点も、自然と身についてきたように感じますね。 |
川口 |
「お客さんの声」という部分を、もう少し直接的に反映する方法としては、リクエストによる選定は結構やっていますね。 |
山口 |
入り口のところにある、リクエストBOXですね? |
川口 |
はい。ここには毎日のようにリクエストが入ってきているんですが、お客さんのなかには私たちより映画情報に詳しいなんていう方もいて(笑)それを読んで、具体的に作品選びをするケースもありますね。 |
静岡シネ・ギャラリーでは、2週間を目安に5作品程度が上映されています。
川口 |
あとはもちろん、東京でヒットしている映画はできる限り、取り上げるようにするということ。それと単館系ということもあって、無名な監督さんを応援しようみたいな気持ちで選んだものもありますね。 |
山口 |
でも、無名な作品となると、当たりはずれというか・・・。 |
海野 |
ありますね・・・。「これは!」みたいのもあるんだけど、「・・・」みたいのも。 |
山口 |
そうやって聞いていくと、「お客さんのリクエスト」「ほかの劇場でヒットしているもの」「無名なもので面白そうな作品」とさまざまな視点から上映作品を選ばれていることがわかってきたんですが・・・。やはり全部観たうえで決定しているんですか? |
川口 |
観ますね。新人さんの作品というのはいつ発表されるかはわからないですし、出たらとりあえず観に行こうというのは意識しています。 |
海野 |
むしろヒット確実だな、という作品は配給会社との信頼関係もあって、ある意味観なくても大丈夫と思えるんです。でも、新人さんや無名監督さんの作品となると「海のものとも山のものとも・・・」みたいななかで、一本だけすごいものが眠っているケースもあるんで(笑)そういうものほど観ておこうという気にはなりますね。 |
山口 |
となると、かなりの本数ご覧になってますよね? 実際に、一年間でどれくらいの映画を見ていらっしゃるんですか? |
川口 |
そうですね・・・。だいたい一日に一本以上は観ていますね。少なくとも300本は超えていると思います。 |
山口 |
さ、さんびゃく・・・。 |
ロビーには上映中以外にもさまざまな映画情報がズラリ!
山口 |
それだけの本数を見て映画を提供している静岡シネ・ギャラリーさんですが、「お客さんにどのように映画を楽しんでもらいたいか」といった想いについてお伺いさせてください。 |
川口 |
いろいろな商業施設では、お客さんのことを「消費者」と呼ぶこともありますけど、映画は「消費」するものではないと思っているんですね。やっぱり見終わって終わり、ではなくて「なにか残る」というのがすごく大切で。自分だけしか知らない、とか異質なものに触れて新たな価値に気づくというか、そういう映画の魅力に気づいてほしいですね。 |
山口 |
そのための作品選定ということですね。 |
川口 |
多様なジャンルや趣向から選定しようというのは心がけてますね。ただ、私たちの仕事はそこまでで、それ以上の部分はお客さんにゆだねているというか、場所をきちんと提供し続けることを大切にしようと思っています。 |
海野 |
どのように楽しんでほしいかという点でいえば、「チラシを見てほしい」というのがありますね。3階のロビーに、映画の情報を載せたチラシをたくさん置いてあるんですが、これを手に取ってほしい。
大きな劇場でやっている作品は、上映前の宣伝や雑誌にもたくさん取り上げられているんですけれども、静岡シネ・ギャラリーでの作品は、タイトルも見たことないようなものも多いと思うので・・・。
それでチラシを見ながら、次にどの作品を観に来るか考えてくれたり、楽しみにしてくれたりすることは嬉しいですね。 |
市民にとっての公園であり続けること
山口 |
今後についてはなにか「こうしていきたい」というようなものはありますか? |
海野 |
静岡シネ・ギャラリーは、ミニシアターのなかでも会員制度に力を入れているところなんですね。たぶん、会員数だけでいえば全国でもかなり多いほうかなぁ、と。 |
川口 |
そうですね。たぶん、5本の指には入るんじゃないかなぁ。ここは継続していきたいところです。 |
山口 |
ちなみに、何人くらいいらっしゃるんでしょう? |
海野 |
だいたい5,000人くらいですね。 |
山口 |
そ、そんなに・・・! 最初のお話しに戻りますが、静岡の人ってあらためて映画が好きな方が多いのかもしれないですね。 |
川口 |
そうですね。年間では7~8万人程度の方が訪れていて、それは大変ありがたい話です。だからこそ、地域に根付いた場所にしようという支配人の想いももちろん、こうした会員さんの期待に応える映画を上映しようという気持ちは強いです。 |
海野 |
というのも年間会員は、無料鑑賞の特典とかもついているのですが、先払い式なんですね。 |
山口 |
あ、なるほど。まだ、どの映画が観られるか決まっているわけでもないのに、ということですね。 |
川口 |
そうです。本来はお金を払うって「買うものが決まっている」ということのはず。けれど、私たちは来年の夏にまだなにを上映するかを決めていないわけで、それはもう期待されているということで、そこは裏切れないですね。 |
川口 |
もうひとつあるとすれば、「市民にとっての公園であり続けよう」という気持ちがあります。 |
山口 |
公園ですか・・・? |
川口 |
地域に根差したミニシアターというのは、ひとつの公共財にも近いような存在だと思うんですね。知っているか知らないか、ということや行ったことがある、ないといったのは人それぞれですが、公園って無い町よりも在る町に住みたいじゃないですか? |
山口 |
そうですね。 |
川口 |
行ったことがない方やこれまで興味がなかった方が、いざ気になる作品が出てきたというときに、行けるかどうかってやっぱりすごく大切。そういうときのために、この場所を続けるのはすごく重要な使命なんじゃないかと。
ありがたいことに10年続いてきたというのは、静岡のみなさんが静岡シネ・ギャラリーを必要だと感じていてくれてたからかなぁ、と思うんです。 |
山口 |
個人的にも静岡にミニシアターがあることは本当に嬉しいことです。足しげく通います! |
川口 |
ありがとうございます。お寺さんがやっているなんて聞くと、なんとなく潰れなさそうなイメージがあるかもしれないけれど、ここは普通に株式会社なので赤字が出れば、ね。そりゃもう、ポシャっとつぶれてしまうので。そこは、頑張ります。 |
副支配人のおふたりが時にほほを緩ませ、またときに真剣なまなざしで語る姿には、どう地域に根付いた文化の発信をしていくか、その面白さが表れていました。
映画というひとつの発信を地域への貢献という基準で考えることは、シネコンにはないミニシアターならではの発想ではないかと感じさせます。そして、そんな場所、人が僕の住む街にあることは、ひとりの映画好きとしても市民としてもうれしく思いました。
普段、映画を映画館であまり観たことがない方や、シネコンには足を運ぶけれどもミニシアターには・・・という方は、静岡シネ・ギャラリーに一度足を運んでみてはいかがでしょうか? もしかしたら、そこにはいままで知らなかった新しい魅力や価値を教えてくれる作品が待っているかもしれませんよ。