衝撃のラストが待つ傑作劇『授業』をSPACで!
出演俳優&制作担当へ直撃インタビュー
どうもお久しぶりです。mitecoライターのIVYです。
さっそくですけれど、この絵どうですか?
イラスト:武富健治
僕は初めて見たとき「なんなんだこれは!?」と思いました。それと同時に、何か引き込まれるような感じがしました。背景のどろどろ、おじいさんの表情や女の子の瞳……。
この絵は演劇作品『授業』のポスター絵です。
……え? 『授業』をご存知ではない? 静岡県舞台芸術センター、通称「SPAC」の2018年秋のシーズンプログラム第一弾で、西悟志さん演出の『授業』をご存知でない?
戯曲はルーマニアの劇作家イヨネスコの作品で、不条理劇の傑作とされいまもなお世界中で上演され続ける『授業』をご存知でないと!? なんてもったいない!!
……いまので少しわかりましたよね?
この劇はどんな内容なのか、老いた教師と女生徒はどうなるのか、この妖しげな雰囲気はなんなのか……。
『授業』気になりませんか?
『授業』気になりますよね?
そんなわけで、10月 6日(土)から一般公演がスタートするSPAC『授業』について、出演俳優・布施安寿香さんと制作担当・丹治陽さんのおふたりにインタビューをしてきました。
布施安寿香
2006年からSPACへ。それ以前は宮城聰さんが率いた劇団ク・ナウカ所属。昨年は宮城聰演出の『アンティゴネ』と『オセロー』に出演。
丹治陽
2006年からSPACへ。制作部所属。制作部での仕事は営業やweb関連。「ふじのくに⇄せかい演劇祭」では統括を務める。今回の『授業』の制作担当。
テーマは「人間のよくわからない部分」
じつは同期で仲の良いおふたり。
――まずは『授業』のポスター絵に関して。この絵は文芸漫画家の武富健治先生作とのことですが、布施さんはこの絵を見てどうですか?
布施 | すごくびっくりした(笑) それと同時にすごく納得しました。あぁ~って。女生徒の表情、とくに瞳がまさにこの作品を物語っていて、内容を知ってるとよりこの絵のすばらしさがわかります。 |
――次は丹治さんにお聞きしたいのですが。SPACのポスターは写真が多いなか、イラストは珍しいと感じました。どういう経緯があったのか教えてもらっていいですか。
丹治 | 武富さんはお客さんとしてSPACを観に来てくれていて、機会があれば何か一緒にお仕事をしたいなってずっと考えてたんです。今回『授業』を担当することになって、「武富さんに頼むべき仕事が来たぞ!」って。 |
――「武富さんに頼むべきだ!」と思われた理由はなんでしょうか?
丹治 | 武富さんが描いた漫画で『鈴木先生』という作品があります。主人公の鈴木先生はじつに論理的な思考の持ち主で、いつも生徒たちをよく観察している。クラスで難しい問題が起こっても、スパッと解決して収めてくれるんです。
でも、いつも心のなかでは「不可解なのはオレ自身の心だ」とぐるぐる思いめぐらせていて。また、ある女生徒を“神”と崇めてたりする。これって論理的じゃないよね? だけど、人間にはそういうところがある。 |
鈴木先生について熱く語る丹治さん
丹治 | 『授業』にも通じるところがあって、教授と生徒の個人授業っていうシンプルな設定なんだけど、「よくわからないこと」がぽーんと入ってきたりする。だけど「うん、うん。そうだよな。よくわからないことを考えたりやっちゃったりするのが人間だよな」って思うんです。
アプローチは違うけれども、どちらの作品も「人間のよくわからない部分」がきちんと表現されている。だから、武富さんにイラストをお願いすれば“楽しそう”とか“泣けそう”みたいなわかりやすいものにはならずに、”人間の不可解さ”みたいなものをちゃんと表現してくれるだろうって。
武富さんは「自分の描きたいものを描くだけじゃなくて、きちんとコラボレーションしたい」って言ってくれて、演出の西悟志さんとかなりディスカッションしてくれました。指の長さとか手の位置とか、本当に細かい部分まで試行錯誤が繰り返されたんですよ。
結果、この絵はイヨネスコの『授業』であり、西さんの『授業』であり、武富さんの『授業』でもあるっていう作品になったと思います。 |
――『授業』の宣伝としてぴったりのイラストだと思います。次は劇のあらすじを教えていただきたい……と言いたいんですけど、この作品だと難しいですよね(笑)
布施 | 「教授の家に女生徒が個人授業を受けに来てる」ってだけなんですよね。あとはネタバレになっちゃう(笑) |
丹治 | 最初は内気で元気のない教授。一方の生徒は元気でハツラツ。だけど、授業が進むうちに……(笑) |
――ネタバレしちゃうのもあれなので次にいきましょう。それでは作品の魅力や見所を教えてもらっていいですか。
布施 | まだ稽古で構成などを考えている段階なので、最終的にどんな内容になるかわからないけど。あらすじから想像する『授業』とは、ちょっと違うものにしたいなとは考えてます。 |
――戯曲とは違った感じということですか?
布施 | 戯曲と違うというより、日本語に“翻訳された”『授業』とは違った感じってことかな。今回の『授業』は翻訳ではなく“原作の”『授業』に忠実であろうとしてます。
イヨネスコは言葉にこだわる作家だと思うんです。 |
じっとイラストを眺める布施さん
布施 | お互い同じ言語をしゃべっていても本当に通じ合っているのかとか、言葉に意味があることによって、失われているものがあるのではないかとか。彼のこだわりがあると思うんだけど、翻訳してしまうとその大事な部分が見えにくくなる。
たとえば、日本語の台本では女生徒が「○○ですわ」としゃべるところがある。その「わ」は女性だからと日本語の翻訳者が創作しているだけで、原文のフランス語にはないもの。「わ」がつくことで限定されるイメージがどうしても生まれてしまう。
あとは敬語だったり。男性と女性とか、上下関係とかが足されちゃってるけど、原文はもっと対等な言葉のやりとりなんじゃないかって想像してます。
今回の『授業』では、フランス人がフランス語で読んだときの感覚を、いまの日本語を使っている人も体験できるように変えてるって感じ。そういう意味で原作の『授業』を目指してます。 |
俳優そのものの面白さが見られる作品
――制作部の立場からですと、この作品はどう見えますか?
丹治 | まず、この原作自体にすごく魅力がある。1951年に発表されて以来、いままでにいろんな人が演じてるけど、理由はこの作品のシンプルさにあると思う。
教授と生徒の掛け合いだからね。シンプルな構造があってシンプルな言葉があって。そんな作品だからこそ、どの言葉、どの国、どんな人がやっても引き込まれる普遍性みたいなのがあるんだろうね。
で、今回の『授業』の魅力は「俳優」です。4人の俳優がいい意味でバラバラ(笑)。でも、それが『授業』の持つポテンシャルと合わさってすごい魅力になってる。 |
『授業』稽古に打ち込む布施さん、そして共演の渡辺敬彦さん(左)と野口俊丞さん(右) 写真提供:猪熊康夫
丹治 | イヨネスコのシンプルな言葉が、異なるバックボーンを持つ俳優によって色づけされる。この作品の見所は俳優の色。そこが本当に魅力的に見える。
たとえば『ロミオとジュリエット』だと、みんながなんとなく抱いているロミオのイメージ、ジュリエットのイメージがある。そのイメージはなんとなくだとしてもね。
でも『授業』は決まったイメージがないので、俳優そのもののキャラクターがでてくる。しかもそれが4人とも全然違うの。 |
布施 | そうですね、シェイクスピアの作品では、心情とかがほとんど言葉で語られているので、そのセリフを語って発見していくことで自分が役に近づいていく。
でも、『授業』は役を発見するような言葉が少ない。台本の内容も一見筋が通ってなかったりして、かなり自由。だから余白があって、自分のビビッドな反応がでる。西さんもそこを大事にしていると思います。 |
若い世代へ演劇を
……と、ここまで『授業』のお話を聞かせていただきましたが、特別にもうひとつ取り上げたいものがあります。
それはSPACが行っている「中高生鑑賞事業」。
写真提供:静岡県舞台芸術センター
中学・高校生を対象に、鑑賞料金無料で生の演劇を観られる機会を提供しています。今回の『授業』も鑑賞事業の対象です。
このような活動は演劇祭などの大きなイベントに比べると地味に見え、評価されにくいもの。しかし、のちの影響という点ではかなり重要だったりします。
この活動をSPAC側はどう思っているのでしょうか?
――『授業』から話題を変えて、『中高生鑑賞事業』についてお話していただければと思います。この活動の狙いとはなんでしょうか?
丹治 | この事業自体は鈴木忠志さん(前SPAC芸術総監督)の代から行っているんです。宮城さん(現SPAC芸術総監督)の代になって、「世界での評価に対して県民への浸透がいまひとつなんじゃないか」という問題意識が高まりました。とくに若い世代。
そこで、中高生にもっと演劇をと考えて宮城さんは「この事業で年間100公演を行う」という具体的な目標を立てました。私たちはこれを「裾野を広げる活動」ととらえています。 |
―-100という具体的な数字はどのような基準で決められたのでしょうか?
丹治 | 静岡芸術劇場で年間100公演すると、静岡県内の中高生1学年の平均人数になるという計算で、中高生の間に一度はSPACの劇を観ることになります。単純計算ですけどね。 |
――年間で100公演は俳優さん大変じゃないですか。
丹治 | 年間と言っても、中高生鑑賞事業はほぼ10月から3月の半年間なので、正確には半年で100公演ですね(笑) シーズンプログラムとして4作品上演するので、1作品あたり25公演になります。
目標はまだ達成できていなくて。いまはひとつの作品につき15公演くらいですね。 |
――シーズンプログラムではどのような作品が上演されるのでしょうか?
丹治 | もし「演劇の教科書」が作られるとしたら、そこに載るような作品を選んでます。 |
――演劇名作シリーズみたいな感じですか?
丹治 | そうそう。古典の名作と、名作になるであろう現代作品を選んで上演してます。このプログラムを辿っていくと、演劇史の見取り図みたいなものが見えてくると思いますよ。 |
中高生の反応はひとつの楽しみ
――次は俳優さんの立場から見た、この事業の感想を聞かせてください。かなり大変ではないですか?
布施 | まず、事業自体がとても楽しい! これが1番好きな事業かも(笑)単純に同じ作品を繰り返してやれるっていうのは、役者としてとても楽しい。 |
――観客がほぼ中高生というのは、反応とかはどうでしょうか?
布施 | 大人と学生でも違うけど、中高生同士でもかなり違いますね。中高生と言っても、6年の幅があるわけでしょ? 1学年だけという回と、全学年混合の回、ほかの学校と合同の回それぞれ空気感が毎回違うから、なんかすごくいいんだよね。
難しくてわからないなって思ってる子もいるけど、そういう温度差までダイレクトに伝わってくるから本当に楽しいです。そういう楽しさがあるから1日に2公演とか、1週間休みなしとかでも頑張れちゃう(笑) |
――観客の温度差などは反応や表情で判断してるんですか?
布施 | 客席は暗いから表情はほとんど見えない。空気感とか、集中して観てる感じとかで判断しています。
前に『ガラスの動物園』という作品で好きな人にフラれる役を演じたの。女子高の学生さんたちが来た回があって、ほぼ女の子しかいない客席だったとき。私がフラれた瞬間にその子たちがみんな共感してるような、「みんな私の味方だ」っていう感じがすごく伝わってきた(笑)。 |
劇場内はこのようになってます。写真じゃ分かりにくいけどかなり暗いです。 写真提供:静岡県舞台芸術センター
――そういうのって感じるものなんですね。観客は俳優さんから何かをもらっていると思うんですけど、逆に俳優さんも観客から何かを受け取っているんですね。
布施 | 『授業』は生徒と先生のお話なので、中高生は身近に感じる内容じゃないかと思う。どういう反応をするのかとても楽しみにしてます。 |
――なるほど。この事業を運営する立場としてはどうですか?
丹治 | この事業で初めて演劇を観るって学生さんが多いと思う。彼らにとっては「よくわからない」「つまらない」かもっていつも心配してる。
でもね、意外と彼らは彼らなりに楽しんでる。僕らの想像以上に。それはとても嬉しいですね。 |
――自分なりの視点や解釈で、面白さを見出してるってことなんですかね?
丹治 | たぶんそうだろうね。帰りにロビーで俳優と交流したりできるんだけど、さっきまで舞台にいた人が目の前にいる。そういうのって見え方が違うんだろうね。それを新鮮な感覚でとらえている様子は、見ていて本当に楽しい。 |
このように終演後には俳優さんたちが見送ってくれます。 写真提供:静岡県舞台芸術センター
演劇は日常の延長
――中高生の反応はSPACとしても得るものがあるというわけですね。最後は『授業』の話題に戻って、まとめのひと言みたいなものをお願いします。
布施 | この作品は絶対面白くなる! というか、絶対面白くする(笑) 言葉だけじゃ作品の魅力はなかなか伝わらない思うけど、実際に観たら絶対面白いと思います。
「観に来た人が、この場にいてよかったなって思うような作品にする」っていうのをいつも心がけてるんだけど。今回はとくにそこに力をいれています。あと何年後かに振り返ったとき、「自分の俳優人生の転機になった作品」になる予感がしてます。
この作品の生徒と教授には、どこにでもいそうな部分と、どこにでもいるとは言えない狂気的な部分がある。そういう幅をどこまで広げられるかが私の今回の課題なんだけど。
考えてみれば、私はそれを求めてずっと演劇をやっていたなって思う。どこにでもいそうな部分を持つことで現実とつながり、フィクションという遠いところに観客と一緒に旅をして、また現実に戻っていく。そうすると現実を生きていく力をもらえる。そういう作品を演じたい。
『授業』もそんな作品なのかなって。作品というより西さんの演出がかな。自覚的にそれを表現できればって思います。 |
丹治 | 僕も面白くなる予感でいっぱいなんですよね。今回の『授業』は西さんのなかに答えがあったり、明確なビジョンがあるわけじゃないんです。答えがない状態で試行錯誤しながら作ってるから面白くなる。
あと、俳優が面白い。その場にいた人しかわからない面白さ。舞台にいる俳優のエネルギーがすごく伝わる作品になると思う。
観たあとに「よかった」「つまらなかった」「悲しかった」だけでは終わらない、何か“種”みたいなものが心に残る、そういう舞台になる気がします。どうぞお楽しみに(笑) |
すでにご覧になられた方もいると思いますが、SPAC公式サイト内で読める「すぱっく新聞」で『授業』特大号が組まれています。興味のある方はぜひお読みください。
『授業』のチケットは絶賛予約受付中です。僕はもう予約しちゃいました(笑) どのような作品になるのか、いまからとても楽しみです。
また「中高生鑑賞事業」は通常学校ごとの参加になりますが、一般用のチケットも少数販売されています。「観賞事業」のチケットは、グランシップ内にある静岡芸術劇場の窓口でも購入可能です。中高生に囲まれての演劇は、普段とは違った鑑賞体験になるかも?
今回はこの辺で。ぜひ、劇場に!