秋の夜長に観たい「しんみりする映画」
家族物から友情まで【映画日和10月号】
こんにちは。映画好きに贈る「映画日和」の日です。
映画好きふたりと見習いふたりが対談形式で、毎月テーマに沿ったタイトルを全5作品紹介するこの企画。
静岡市で唯一の単館系ミニシアター「静岡シネ・ギャラリー」の副支配人である川口さんと海野さん。そして観ようと思っている映画をリスト化したら、今年中に観ることがほぼ不可能な本数になって、膝がガクっとなったmiteco編集部の山口でお送りします。
これを読んで「映画が観たい!」と感じたら、その日が映画日和ですよ!
今月のテーマ「秋の夜長に観るしんみりする映画」
秋は食欲やら恋愛やら運動会やら、とかくアクティブなイメージをつけられているようにも感じますが、夜になるとどうしようもなく寂しくなってきませんか・・・?
そんなときは、温かいコーヒーやココアを片手に映画を観たくなるものです。今回は、寂しい自分に寄り添ってくれるような「しんみりする映画」をご紹介。
山口 | 今月は「しんみり」です。どうですか・・・? |
海野 | 僕たちはこの手のは得意ですから大丈夫だと思います。 |
川口 | 根暗だから(笑) |
山口 | まあ、映画って「ひとり」が基本って感じもしますし・・・。よろしくお願いします! |
おじいちゃんと息子のロードムービー|『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』
川口 | 「しんみり」って落ち着くようなイメージ、というところで。これは観ているときも観終わったあとも「落ち着くなあ」というので『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』がいいですね。 |
山口 | 意味深なサブタイトルですが、ロードムービーの恋愛ものですかね? |
川口 | ロードムービーはロードムービーなんですが、家ではちょっと厄介者扱いされちゃってる歳をとったお父さんと、その次男でこれもこれでいい歳して彼女に振られたばかりの息子のふたり旅なんですよ。 |
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』2013年 監督:アレクサンダー・ペイン
100万ドルが当選したというDMを受け取ったモンタナ州に住む一家のお父さんウディは、どう見ても詐欺だとわかるのにもかかわらず、周りを信用せず「ネブラスカまで歩いてでも金を受け取る」と耳を貸さない。家族が呆れるなか、息子のデイビッドが付き添って実際に向かうことに。父と息子の4州にまたがる旅が始まった。
山口 | 結構楽しそうな雰囲気にも感じますね。 |
川口 | たしかにクスクス笑える場面は多いですね。ただ、お父さんのほうはアル中だったりとにかく頑固だったりと、かなりマイナスな印象からスタートする。でも道中でのさまざまな出会いや会話から、次男はそれまで知らなかった生い立ちを知って徐々に心を許していく。 |
海野 | これが結構しんみりくるよね。 |
川口 | そうして、だんだんお互いを見つめあって迎えるラストシーンは感動します。 |
山口 | 監督のアレクサンダー・ペインは以前紹介した『パリ、ジュテーム』にも参加してますよね。 |
川口 | あー、そうだった! ただこの作品はブルース・ダン。77歳にしてカンヌ国際映画祭の主演男優賞を受賞した演技に注目してほしいです。 |
寡黙なお父さんが秘めていたものとは|『エル・スール』
海野 | こちらもお父さんと子どもが描かれている作品。とにかく静かでじーんとくる、1983年のスペイン映画『エル・スール』ですね。これは大好きな作品。 |
『エル・スール』(1982)監督:ビクトル・エリセ
遠い過去、故郷の南の地『エル・スール』(スペイン語で「南」の意)を捨てて、北部に移り住んだ主人公エストレリャの父アグスティン。15歳のエストレリャは、ある朝枕元に父が愛用していた黒い箱がそっと置かれているのを発見したとき、「父はもう帰ってこない」ことを予感した。自殺した父との思い出をめぐり、彼女は父が生前にどのような人物だったのか、スペイン内戦や家族との別れを通してその生きざまを追いかける。
山口 | スペイン映画ですか! なかなか英語圏以外の洋画って知る機会がないんですが、この連載で紹介していただいた『ジュリエッタ』や『トーク・トゥ・ハー』をはじめ、静かさがある印象です。 |
海野 | 『エル・スール』もまさにそういう作品ですね。この話は、冒頭で主人公の娘が登場して朝起きると、枕元にお父さんとの思い出の品だったダウジングチェーンが置いてある。それを見て「あ、お父さんはもう戻ってこないだろうな」と感じるところからスタートします。 |
山口 | ロードムービーとは打って変わって、いなくなるスタート・・・。 |
海野 | で、そこから過去に一気に戻って、お父さんや家族との成長を思い出していくような形でストーリーが進行します。このなかで出てくるお父さんはどこか底知れない悲しさや寂しさを持っていて、「それがなんなのか」を成長するにしたがいだんだんと知っていくんですが、このお父さんがとにかく寡黙で・・・。 |
山口 | 観客目線的には「お父さんはなぜいなくなってしまったのか」という話なんですね。 |
海野 | 全体のテーマはそんな感じで、もともと南部出身だったお父さんがどうして北部へやってきたのか、どうして母親をはじめとして家族とだんだんうまくいかなくなってしまったのか、と。これが娘視点だとどうしようもなく寂しい感じがあるんですよね。
個人的にグッとくるのは主人公のエストレリャが、家族の雰囲気が悪くなったときに「迷子を装って部屋のベッドの下に隠れる」というシーンがあるんですけど・・・。お母さんは探しているのに、自分の苦悩にとらわれているお父さんは探しに来てくれない。これは本当にしんみりきちゃいます。 |
川口 | 監督のビクトル・エリセは好きでDVDBOXも持っているんだけど、この人は3本しか長編を撮っていない。でも、どれもすごい作品ですね。 |
海野 | エリセ監督の時代のスペインというと内戦があったり、独裁政権が樹立されたりとあまり安定した世の中ではなかったんですね。
その辺が影響してキャラクターの設定にも反映されていますし、でも人間模様が本当に美しく描き出されているのが傑作だなと思います。 |
結婚45年パーティーで試される夫婦愛|『さざなみ』
山口 | 次の川口さんの作品ですが・・・。 |
川口 | 次はですね。割と新しくて2016年の『さざなみ』という作品です。 |
『さざなみ』(2016)監督:アンドリュー・ヘイ
45年間を共にした夫婦が1通の手紙――50年前に生き別れになった夫の元恋人が氷漬けの状態で発見されたという知らせによって、揺れ動いていく。夫のジェフは知らせを受け取り過去の思い出に浸るようになる一方、はじめてその存在を知った妻は、もう亡き女性に対して嫉妬心を覚えるように。
川口 | この話は結婚して45年を迎える老夫婦が記念パーティーを開く準備をしている最中に、旦那の50年前の生き別れた恋人が氷山のなかから発見された、という手紙が届くところから話が始まるんですが・・・。 |
山口 | 旦那が思い出に浸っちゃう。 |
川口 | そう。それで、奥さんは「こんなときに!」と怒りながらも、もうすでに死んでいる相手に嫉妬してしまったり、長年連れ添った旦那に不信感を抱いたりすることにもダウナーになっちゃうような話。
シャーロット・ランプリングが演じる奥さんがとにかく名演で、実際アカデミー主演女優賞にノミネートされていますね。 |
山口 | そのタイミングで、というのはたしかに相手からしたら嫌になっちゃう話ですよね。 |
川口 | ほんとうにね(笑)旦那は奥さんの前では気にしていないように装うんだけど、ちょっと屋根裏部屋に行って昔の写真を眺めたり・・・。
で、後からその痕跡を見つけて嫉妬しちゃう奥さん。一方で、外では「理想的な夫婦ね」と褒められることへのギャップと、とにかく奥さんからすると胸が痛くなるような話ですね。 |
山口 | 結構暗い話にも感じますが、全体的にはそんなことないんですか? |
川口 | そんなめちゃくちゃに暗い、ってほどではないですね。まさに『さざなみ』のタイトル通りざわつく感じで、老夫婦の機微をうまく演じています。 |
海野 | 個人的にはしんみりしますね。パーティーのシーンなんかはとにかく幸せそうですし。 |
川口 | そのパーティーがラストのほうで描かれるんだけれど、これが人によってハッピーエンドなのかバッドエンドなのかが分かれるところで、僕はバッドエンドにも思える。その後を考えるとちょっとしんみりするなあと。 |
山口 | それだけの葛藤があったなかでのラストは気になりますね。 |
川口 | 言葉数の少ない映画なんだけど、感情の起伏は激しくてそれが伝わってくるのはすごい。ただ、本当にいい映画なんですが、カップルや夫婦で観ると、終わったあとにちょっと微妙な感じになるかもしれないので要注意でお願いします(笑) |
海野 | とくに男性側に生き別れた恋人なんかがいたら大変でしょうからね(笑) |
感傷的な青年がちょっとだけ前を向くための話|『ヒップスター』
海野 | ここまで偶然というか、おじいちゃんやおばあちゃん、大の大人にフォーカスされた作品が並んだので、若者のお話『ヒップスター』を紹介します。 |
『ヒップスター』(2016)監督:デスティン・ダニエル・クレットン
舞台はサンディエゴ、人気者への階段を上り始めたシンガーソングライターのブルックは、その期待とは裏腹に自分の心の狭さや母親の死に対して上手に向き合えずにいた。そこへ遺言に従って母親の遺灰を撒くために故郷からやってきた3姉妹が合流する。ブルックは家族との再会や友人とのふれあいで自らに向かい合い少しずつ歩みを進めていく。
海野 | 主人公のブルックは、サンディエゴでちょっと人気者になりつつあるシンガーソングライターで、傍から見れば「あいつ、結構きてるじゃん」みたいな。地元のコミュニティFMにも出演したり、周りにもミュージシャンとして認知され始めたりとかしてる。 |
山口 | なるほど。でも、ちょっと尖ったところがある・・・? |
海野 | そうなんです。自分の母親の死を歌にして、それがスマッシュヒットするんですけど、自分自身はじつはその死となかなか向き合えていなくて乗り越えられない。そこに、離れて暮らしていた自分の兄弟である3姉妹が急にやって来て、母親の遺言に従って海に遺骨を撒くんだ、と。 |
川口 | このブルックはとにかく難しい性格になっちゃってて、FMでDJから「いやあ、いい曲だよね」と振られると「え? なに? それは俺が母親との感動エピソードを話せってワケ?」みたいに突っかかっちゃう。それで、また自分がやっちまったことに凹んで。 |
海野 | そこに3姉妹が来て、「なーに暗くしちゃってんの」って言いながらベッドでピョンピョン跳ねるみたいな。 |
山口 | いいシスターズ!(笑)そうやってだんだん家族に解きほぐされていくような話なんですかね。 |
海野 | そうですね。基本は家族との関係が濃い気がします。けど、もうひとり。もうめちゃくちゃいい友達。
登場シーンだと「マネージャーかな?」って思っちゃうんだけど、じつは彼もアーティスト。風船を浮かべて個展を開いたりはしているんだけど、はっきり言ってそんなに才能に恵まれてはいない(笑) |
川口 | でも、それは自分自身でもわかってて、「俺のアートの才能よりも、ブルックの音楽の才能のほうが上」ってきちんと相手に言える。 |
海野 | しかも、ブルックはアートのことについてちょっと自分を見下している、ということはわかってて・・・。だけど「アイツは根はいいヤツだし、いま誰にも理解されてないけど本当は母親を失ってものすごく大変なんだ」って、明るく振る舞って元気づけようとしてくれるんですよね。 |
山口 | めちゃくちゃいいやつ! もうそいつで泣けてきちゃいそうです。 |
川口 | 「こういう友達は大切にしなくちゃダメ」っていう代表格(笑) |
海野 | そんな周りに支えられながら、本当に少しずつ実際には変わっていないようにも見えるくらいの変化が、じんわりときますね。
映像も全編にわたって少し青がかったような、色あせたような色彩で映されていて、この辺も含めて雰囲気がいいですね。 |
天才少年と悲しみを背負う心理学者の染みるストーリー|『グッド・ウィル・ハンティング』
山口 | では、最後に挙げる作品なんですが・・・。抜群にしんみり、というかもはや泣けてきちゃったのが『グッド・ウィル・ハンティング』だなあとパッと浮かんだので、これを。 |
『グッド・ウィル・ハンティング』(1998)監督:ガス・ヴァン・サント
仲間と喧嘩の毎日を送る不良青年のウィルは、天才的な頭脳の持ち主でいながらその才能を発揮していなかった。彼を見出したランボー教授はその力を発揮できるよう更生を促すがうまくいかない。ランボーの望みを託された旧友、心理学者ショーンは自身の弱さをさらけ出し、真摯にウィルに接していくうちにウィルも固く閉ざされていた自身の心を開き始める。
山口 | ほんとに「なにを今更」みたいな感じですけど、98年に日本公開で監督はガス・ヴァン・サント、脚本はいまや大スターのマット・デイモンとベン・アフレックという豪華なキャストですね。 |
海野 | ガス・ヴァン・サントは先月の『永遠の僕たち』でも登場しましたね。 |
山口 | MIT(マサチューセッツ工科大学)で掃除夫として働いている青年のウィルはどうしようもないヤンキーで、不良仲間と連れ添っては喧嘩をして少年鑑別所に送られるみたいな毎日。ところが、あるとき大学教授が生徒を試すつもりで廊下の黒板に書いた数学の超難問をいともたやすく解いちゃう。
それで、この問題を出した教授はじつはフィールズ賞※を受賞したことがあるくらいの高名な学者さんなんだけど、ウィルの才能に打ちひしがれて、しかもそれが生徒ではなく掃除夫ということで「稀代の天才が目の前に」と驚く。どうにか更生させて、ウィルの才能が発揮できる道を示してあげようとするんだけど・・・。 |
川口 | 全然受け入れてくれないし、相変わらずの素行不良。 |
山口 | 何人セラピストを雇っても全然ダメで、最後に頼んだのが教授とはハーバード大学のルームメートで親友、かつライバルだった学友なんだけど、落ちぶれてしまった心理学者のショーン。
最初、ショーンは乗り気じゃないんですが、だんだんウィルと話していくうちにお互いの心にあった氷が溶けていくというストーリーですね。 |
川口 | 僕たちは、ちょうどこのころにウィルと同じような年齢になっていたけど、僕自身はどちらかというとショーンに感情移入しちゃってグッときたなあ。ロビン・ウィリアムスの演技がすごくいいんだよね。 |
山口 | 個人的には、ウィルの不良仲間で一番の親友であるベン・アフレックが演じるチャッキーがすごい好きで。途中、工事現場で働いているときに、才能といまの日々の楽しさを天秤にかけているウィルに対して言うセリフがめちゃくちゃよくて。 |
海野 | 「俺にとって一番うれしいのは、朝お前の家に迎えに行ったときに、お前が何度ノックしても家から出てこないときだ」みたいなやつですよね。ヒップスターじゃないですけど、本当にすごいいいやつ。 |
山口 | そうです! 極めつけはあるプレゼントをくれるところで・・。ここはネタバレしたくないので言わないですが。とにかく、「こんなにいい映画があるのか!」とあらためて思わせてくれる作品でした。 |
※フィールズ賞:数学界で最も栄誉のある賞のひとつ。数学界のノーベル賞とも呼ばれる
秋の夜、なんだか寂しさを感じたら「しんみりする映画」観てみませんか?
今月の映画日和はいかがでしたでしょうか。家族や友人との絆、夫婦の心の移ろいなど、気になる話がたくさん。
じーんときたり、泣けてきたりしちゃう作品ばかりですから、気になる方はチェックしてみてください。心に残る一本を見つけてみましょう。
それでは11月号もお楽しみに。