思わず泣けてきちゃうラブストーリー
傑作から韓流まで【映画日和9月号】
こんにちは。映画を愛するみなさんお待たせしました。
映画好きの方のためにお送りする「映画日和」。この連載は、静岡市で唯一の単館系ミニシアター、静岡シネ・ギャラリーの副支配人である川口さんと海野さんに加え、暇があるとfilmarksで次に観る映画を探し始める編集部の山口が、毎月のテーマに沿っておすすめの映画を紹介しています。
これを読んで「映画が観たい!」と感じたら、その日が映画日和ですよ。
9月号のテーマ「恋愛の秋到来! 思わず泣けてきちゃうラブストーリー」
すっかり秋めいてきて、文化祭シーズンに紅葉、運動会。なにかと目白押しなこの時期ですが、一方でなんとなく哀愁に浸りたくなる季節でもありますよね。とくに夕方から夜中にかけてはどうにも寂しくなってしまう・・・。
そんなわけで今回は、「思わずグッとくる」をテーマに「泣ける恋愛映画」を紹介します。映画にとって、「泣ける」というのは切っても切り離せないもの。
山口 | 「泣ける恋愛」映画ということで、今回もよろしくお願いします。 |
川口 | 泣ける映画、っていうのがねぇ。これが難しかった。もちろん、僕が観ると「グッとくる」は紹介できるんですけど、泣けるかどうかというのはやっぱり観る人にゆだねられるから・・・。 |
海野 | あんまり「誰でも泣ける映画を推したい」みたいのってないんですよね。映画の楽しみって、「それを観てどう感じるかを一つひとつ宝探しのように探していくこと」でもあると思っているんです。
だから紹介する映画が必ずしも泣けるかといえば、そうじゃないかもしれないんですが・・・。でも、個人としては大好きな映画を紹介します。 |
「とにかく泣ける!」というよりかは、ジーンときたり思わずグッときたりするような、そんな素敵な作品が紹介されそう。これは楽しみ。
若者を描く名匠ガス・ヴァン・サントが送る|『永遠の僕たち』
海野 | 泣ける、というのでパッと浮かんだのが『永遠の僕たち』ですね。ガス・ヴァン・サントの2011年の作品。彼はいわゆる名匠のひとりで、とくにティーンエイジャーの心模様を描くのがすごく上手な人だなって。 |
『永遠の僕たち』
監督:ガス・ヴァン・サント 2011年 アメリカ
他人の葬儀に顔を出すことが趣味のイーノックは、ある葬儀で係員に故人の知り合いでないことがバレてしまう。しかしそこに居合わせた少女アナベルが「自分の彼氏だ」とかばい彼を助けたことがきっかけで、ふたりは親交を深めるようになる。
その後、お互いの秘密を打ち明け、ガンで余命数ヶ月を宣告されているアナベルにイーノックは恋に落ちていく。
山口 | ガス・ヴァン・サントといえば、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』や『エレファント』のイメージが強いですが、いずれも少年少女が出てきますね。言われてみると、無垢な青春を描くのがとても上手な方かもしれません。 |
海野 | もう彼も60歳を過ぎたひとなんですけど、いまでも若さを描き出すのがとにかくうまくて・・・。むしろ、歳を得ていくたびにより深みや鋭さが増してくるような、そんな印象すらありますね。 |
山口 | 『永遠の僕たち』もやっぱり、思春期の少年少女が出てきて、という話ですか? |
海野 | そうなんです。で、もうひとつガス・ヴァン・サントの大きなテーマといえば、「死」も挙げられるかな、と。『エレファント』とかもそうですし。登場人物と死の距離がすごく近い。
たとえば、『永遠の僕たち』の主人公・イーノックは、事故で両親を目の前で亡くしているうえに、趣味は他人の葬儀に顔を出すことという(笑) |
川口 | あの葬儀を見るってのは面白い設定だったよね。そして、そこでヒロインに出逢う。 |
海野 | このヒロインのアナベルというのも少女なんですけど、じつはガンに侵されていて余命は3か月。それを知ってもイーノックは変わらずにデートをするし、どんどんアナベルを好きになっていくというのが筋ですね。 |
山口 | あー。これは泣けそうだ・・・。 |
海野 | 「余命いくばくかのヒロインで否応がなくいつか死んでしまう」って聞くと、レンタルビデオショップの「純愛」コーナーに並んでいるいかにもなストーリーや映画がイメージされますけど。これはたしかにそういう設定と内容でありながら、いやらしさはなくて、すっきりとジーンとくる作品ですね。
教室の中心にいるような子たちではなく、ちょっとのけ者じゃないけど、うまくまわりと馴染めなかったふたりが惹かれあっていくというストーリーには引き込まれるはずです。 |
はみ出し者の報われない連鎖|『息もできない』
川口 | 僕が選んだのは『息もできない』ですね。これは2008年の韓国の映画なんですが、当時っていうと空前の韓流ブーム真っただ中で。 |
山口 | ありましたね! 冬ソナとかからはじまり・・・。 |
川口 | あのときってなんでもかんでもって感じだったから、僕個人としてはそれに乗り切れてはいなかったというか、「流行ってんな」みたいな距離感だった(笑)でも、この作品でハッとさせられましたね。 |
『息もできない』
監督:ヤン・イクチュン 2010年 韓国
サンフンは友人と暴力行為で、お金を取り立てる商売をしながら破滅的な日々を送っている。ある日出会った女子高生のヨニは、同じように幼少期に母親を亡くしているサンフンに惹かれていく。
ヨニに好意を持つようになってきたサンフンは、次第に破滅的なだけでない自分のやさしさに気づき始めるが、周りとの人間関係やヨニの弟ヨンジュが弟分となったことで振り回されることに。
川口 | この作品は、どうしようもないゴロツキのお兄ちゃん、主人公のサンフンがひょんなことで高校生のヨニに出会ってだんだん惹かれていっちゃうという話ですね。
こういう言い方をすると韓流っぽいなとも思うんですが、ここが主演で監督もやっているヤン・イクチュンのすごいところで北野映画ばりのバイオレンスがさく裂。主人公はほんとに暴力的で破滅的な人間なんです。 |
山口 | おっと、急に泣けない感が・・・。 |
川口 | 作中で殴る蹴るはもちろん、言葉もとんでもなく汚くって。でも、そんなに破滅的なキムなんだけど・・・。 |
山口 | ヒロインと出会ってだんだん変わっていく・・・? |
川口 | まあ、そうなんです(笑)ヨニの弟のヨンジェがキムの舎弟になるのをターニングポイントにストーリーが一気に動きだすんですが。じつは、サンフンはヨニの弟だとわかっていないうえに、ヨニはヨニで弟がそんなゴロツキになってるのもわかっていない。
一方で、サンフンはヨニと距離を縮めるたびにだんだんと心を開いていって、ヨンジェは兄貴が変わっていくことにすれ違いを感じるようになっていくという・・・。 |
山口 | あー。これは物悲しい連鎖だ・・・。 |
川口 | こういううまく生きられない男が恋によってほぐされていく、というのはやっぱり泣けちゃいますよね。キャッチコピーもすごくよくて、「ふたりでいるときだけ泣けた」という。 |
山口 | 「THE泣けるキャッチコピー」ですね。 |
川口 | でもね。そのコピーが表すシーンは、ふたりだけじゃなくて観てる人もみんな泣いてた。というか映写している僕だって泣いてた(笑)とにかく泣きたいという方はこれを観てほしいですね。 |
こんなにクソ野郎なのに・・・! なんでか泣けてきちゃう『バッファロー’66』
海野 | 次の作品は『バッファロー‘66』ですね。これも生きるのがあまり上手ではない主人公ビリーが、ヒロインに出会うことで生きる意味を見出す映画。
以前、川口が「これを観て僕たちは映画にハマった」で紹介していましたが、このテーマならとあらためてですね。 |
山口 | もうミニシアター系映画で恋愛ものといえば大本命かもしれません。『バッファロー‘66』なら何度紹介されても記事にします(笑) |
『バッファロー‘66』
監督:ヴィンセント・ギャロ 1999年 アメリカ
5年間の刑務所暮らしを終えて出所したビリーは、ニューヨーク州バッファローにある実家へ帰ろうとする。しかし親に刑務所へいたことを話さずに経歴を詐称するばかりか、いもしないフィアンセを連れて行くと言ってしまう。
その場に居合わせた少女レイラを拉致し、妻のフリをするよう脅迫をして実家に向かうが、じつはビリーにはこの帰省で実家へ顔を出すこと以外の大きな目的があった。
海野 | まず、ギャロが演じるビリーがなんとも童貞感がある(笑)すごくモテない感じのある男で、そこから醸し出される「生きることが大変」だという虚無感がすさまじいですよね。 |
山口 | ほんとに。観始めてしばらくはまったく感情移入できない。見栄を張って親に嘘ついちゃったからと近場にいた見ず知らずの女の子を拉致しちゃうし、車は運転できないしで・・・。 |
海野 | でも、その拉致した女の子との出会いによってだんだんと心の氷を解かされていって。このレイラは逆に、「こんなにいい女の子いるわけない」くらいに優しい女の子で。
これは男性から見た「憧れの女の子像」かもしれないですね。自分を救ってくれる女の子をクリスティーナ・リッチが見事に演じています。 |
山口 | この映画は不思議体験なんですよね。「なんだこのクソ野郎は!」って思って観てるのに最後はホロっときちゃう。 |
海野 | なんなんでしょうね(笑)でも、ビリー自体がだんだん変わろうとしているのがなんとなくわかってきて。
レイラが優しくしてくれたからというのはもちろんそうなんですけど、むしろビリーが「この子のために変わらなくちゃ」と頑張っているように感じられるところが泣けるポイントになりますかね。 |
山口 | だんだんビリーのことも、観てて許せてきちゃうというか、むしろ好感が持ててくるのは上手な魅せ方ですよね。 |
川口 | ラストシーンも他愛のない話なんだけど、やっぱりグッとくる。僕が個人的に好きなのは、昔好きだった女の子が出てくるシーン。ほんとに大好きな女の子だったのに、自分のことを覚えてすらいなかったという・・・。 |
海野 | もうどん底中のどん底。 |
川口 | ここでね。あるセリフが入ってビリーが本当に心が折れちゃうんだけど、はっきり言って「そんなに!?」ってなるくらいのことなのに、ビリーの繊細さがすごく見えてくる。 |
海野 | そこからちょっとずつ変わっていくビリーに、もうくぎ付けになってしまいますよね。中盤以降はぐいぐいと引き込まれて、最後には泣けてきちゃう人もいるはずです。 |
3人のそれぞれの愛し方に泣けてくる|『恋人たち』
川口 | これはもうね。すごい映画ですよ。橋口亮輔監督のものすごくパーソナルな体験や感情が、登場する3人3組のカップルに反映されているというもので。ひとくせもふたくせもある恋模様が描かれています。 |
海野 | 「監督の作品」だよね。魂を削りだして作ったような映画だと思います。 |
『恋人たち』
監督:橋口亮輔 2015年 日本
通り魔事件で妻を失い、喪失感のうちに日々を過ごすアツシ。平凡な家庭生活のなかで刺激を求める主婦瞳子。エリート弁護士でありながら同性愛者で、既婚の親友に恋心を抱く四ノ宮。3人がもがきながらもそれぞれの恋に向かい合っていく繊細な物語。
川口 | まず、この3人の「恋人」なんだけれども、どれも映画の始まりの時点では恋人がいない。 |
山口 | あれ? 『恋人たち』なのにですか? |
川口 | そうなんです。一番メインの主人公となる篠原篤が演じる「篠原アツシ」は、数年前に通り魔殺人で奥さんが死んでしまったという人で、本当にこの世に恋人が存在しない。 |
海野 | しかも、この手の作品でありがちな、「じゃあこの映画で新しい相手を見つけて」とかではなくて、本当にショックでもう抜け殻のようになってしまっているんですよね。ご飯を食べてもなんにもうまくないし、仕事も打ち込めないし・・・。 |
川口 | ほかの登場人物たちも、ゲイなんだけど好きな相手はそうじゃないとか、既婚で子持ちだから絶対に結び付けられることはないとか。
あと弁当屋で働く女性の主人公が、変わり映えのない生活のなかでちょっと非現実に行きたくなって肉屋の主人と浮気しちゃうんだけど、その人はじつはどうしようもないヤツで・・・。 |
海野 | ゲイの人は弁護士で、これがまためちゃめちゃ性格が悪い(笑)でも、職業柄誰にも言えないセクシャリティを持っていて、そして恋心をいだいている男性はだんだん遠ざかってしまう。
ほんとにちょっとしたことがきっかけなんですけど、「つながりたいのにつながれなかった」という辛さはゲイじゃなくてもグッとくるんじゃないかな。 |
山口 | こうして聞いていると、人によってどの登場人物に感情移入するかは変わってきそうですね。それぞれの登場人物にグッとくるシーンがあるんですか? |
川口 | あります。もちろんそれぞれで救われ方やその度合いは違うんですが、やっぱりジーンときますよ。でも、安易じゃないです。お涙頂戴的な展開よりも、なんともいえない胸にこみあげる感じですね。 |
海野 | 今回紹介している映画は全体的に、「マイナススタートでゼロを目指す」みたいなところがあるかもしれないですね。どこかに傷を負った主人公がいろいろな出会いやきっかけで回復していくような。
『恋人たち』はなかでもその色合いが強くて、だからといってものすごいプラスになるのではなくその手前、「原状復帰」をするところに泣けてくる映画だと思います。 |
普通の大学生と足が不自由でちょっと屈折した女の子との淡い恋|『ジョゼと虎と魚たち』
山口 | 僕が紹介したいのは『ジョゼと虎と魚たち』。これはですね。すごい好きな作品で、何度か観ててそのたびにジーンときてしまう映画ですね。 |
川口 | 懐かしいのがきた。これはいい作品ですね。 |
『ジョゼと虎と魚たち』
監督: 犬童一心 2003年 日本
雀荘で深夜のアルバイトをしている大学生恒夫は、バイト先で話題になっていた朝方出没するおばあさんと乳母車に遭遇する。
乳母車に乗っていたのは足の不自由な少女ジョゼ。ジョゼは料理が上手で読書家でちょっと口の悪い女の子。恒夫はジョゼに翻弄されながらも次第に好意を抱き、彼女を連れてさまざまな場所へ遊びに出かけるようになる。
山口 | ざっくり言ってしまえば、妻夫木聡が演じる恒夫は普通の大学生でちょっと女性関係がだらしないというか・・・。でも本当によくある大学生像ですね。
それと、足が不自由でおばあさんと一緒に暮らしている森脇千鶴演じるジョゼがひょんなことで出会って恋に落ちて、という話。 |
海野 | これも薄っぺらい恒夫と、身体は不自由だけどもっと深いところで結びつきとか生を考えているジョゼという対比がいいですよね。 |
山口 | 恒夫はジョゼと付き合うことでだんだんと大人になっていくというか、この過程が丁寧に描かれてますよね。 |
海野 | ほかの登場人物も、劇中だとどうしても浅はかだったり、嫌なやつになっちゃったりとあるんですが決して悪人にはならないというのがいいところだな、と。 |
山口 | ジョゼなんてめちゃくちゃ口悪いし、結構鬱屈としているんだけど、でもピュアで。そんなジョゼに惹かれながらも、付き合うことの重みを考えてしまう恒夫というのはなんとも言えないんですよね。 |
海野 | ネイティブな方がどうなのかわからないんですけど、ジョゼのブツブツ切れるような関西弁は好きですね。かわいかった。 |
山口 | 出てくる女の子がみんなかわいいという(笑)個人的には上野樹里が演じる女子大生の香苗ちゃんがすごく好きで。
最初は高い志で福祉関係への就職を考えているんだけど、あることがきっかけでそれとは違う未来を選ぶことになって・・・。
とにかくかわいいのもあるんですけど、こういうところがものすごくリアルだなあ。と。 |
海野 | 虚無感みたいのがやっぱりありますよね。 |
山口 | そうですね。この作品もまさに虚無感でそこに何かを詰め込もうとする人たちの話なのかな、と。
それでみんな前を向いていくんだけど・・・最後は泣ける人も多いと思います。とにかく切ない。
そして、くるりの『ハイウェイ』がまたいいという。 |
山口 | 静かにたんたんと流れていきながら、ラブシーンが取り入れられたり、ロードムービーになったり、色彩も寂しさときれいさが同時にあるような作品。僕は大学生のときに観て感動したので、とくに大学生に観てほしいですね。 |
自分だけの「グッとくる映画」探してみませんか?
今回ご紹介した映画は、どれもひとくせふたくせあるような作品で、もしかしたらみんながみんな泣けるわけではないかもしれません。
でも、ハマる人にはハマるし冒頭でも海野さんがお話ししたとおり、自分にとってグッとくる作品を探すのも映画の楽しみ方だと思います。
もし、気になる映画があれば迷わずに観てみてください。面白い出会いが待っているかもしれませんよ。
映画日和10月号もお楽しみに。